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メキシコ市長暗殺事件、麻薬カルテルの影響力拡大

メキシコで政治家が暗殺される事案と麻薬カルテルとの関係は、単なる犯罪被害ではなく、国家ガバナンスや民主主義にとって根本的な挑戦を意味している。
2025年11月5日/メキシコ、中西部ミチョアカン州ウルアパン、市長に就任したキロス氏(中央)(ロイター通信)

メキシコ中西部ミチョアカン州ウルアパンのマンソ(Carlos Manzo、40歳)市長が暗殺された事件について、当局は21日、市長の警護を担当していたボディガード7人を逮捕したと明らかにした。

ハルフッシュ(Omar Garcia Harfuch)治安・市民保護相によると、この暗殺に麻薬組織「ハリスコ新世代」が関係している可能性がある。

メキシコにおける政治家の暗殺と麻薬カルテルとの関係は、近年ますます深刻な問題となっており、地方政治と国家ガバナンス、さらにはメキシコの民主主義そのものへの脅威とみなされている。

1. 背景と暴力構造

(1) 組織犯罪と地方政府の結びつき

メキシコの麻薬カルテル(組織犯罪集団)は、単なる薬物密売集団にとどまらず、多くの地域で準軍事的な存在となっており、地元政治への影響力を強めている。これらの犯罪組織は、地元の市長、候補者、議会議員などを支配下に置いたり、「敵対する政治家」を排除したりすることで、地域の行政を実質的にコントロールしようとする。
学術的な分析でも、政治的暗殺の大部分は「組織犯罪によるもの」であり、カルテルは選挙時に候補者の選定に介入したり、地元政府を租税や収益源として取り込む目的で攻撃を行ったりするという指摘がある。

(2) 選挙暴力との絡み

政治家暗殺は選挙期間、特に地方選挙の前後に集中しやすい。選挙候補者や当選者がカルテルの脅威にさらされるのは、彼らが地域を支配して収益を確保したい組織犯罪グループから見て「障害」になり得るからだ。
たとえば、2020~2021年の選挙期には102人の政治家・候補者が殺害され、1,066回以上の非致死攻撃が報告されている。

(3) 報復と制度的不備

カルテルは政府による取り締まり(警察・軍による攻撃や幹部の逮捕など)に対して報復として政治家を狙うことがある。これは組織犯罪が単に収益を追求するのみならず、自らの安全と影響力を維持するために政治的暴力を用いることを示している。学術研究でも、政府による犯罪組織への摘発が政治家暗殺の引き金になるという分析がある。
さらに、地方レベルでは警察や司法の統治能力が不十分な地域も多く、カルテルが実質的な支配力を持ってしまっている場所が少なくない。


2. 代表的な暗殺事例

いくつか典型的、象徴的な政治家暗殺の事例を挙げる。

  • ロドルフォ・トーレ・カントゥ (Rodolfo Torre Cantú)
     タマウリパス州知事候補であった。2010年に選挙運動中に暗殺され、その犯行には湾岸カルテル(Gulf Cartel)が関与していたとする疑いがある。

  • エデルミロ・カバソス・リアル (Edelmiro Cavazos Leal)
     ヌエボレオン州サンティアゴ市の市長。2010年に誘拐・射殺され、背後にはロス・ゼタス(Los Zetas)系の組織が関わっていたとされる。

  • ヘスス・マヌエル・ララ (Jesús Manuel Lara Rodríguez)
     チワワ州グアダルペ市の市長。カルテルからの度重なる脅迫を受けており、2010年に銃撃で殺害された。

  • ギセラ・モタ・オカンポ (Gisela Mota Ocampo)
     モレロス州テミクスコ市の市長。2016年1月、就任わずか1日後に暗殺された。殺害犯との関連は、地元ギャング「ロス・ロホス(Los Rojos)」との関係が指摘されている。

  • マリア・サントス・ゴロスティエタ (María Santos Gorrostieta Salazar)
     ミチョアカン州ティキチェオ市の元市長。ラ・ファミリア・ミチョアカナ(La Familia Michoacana)や騎士団カルテル(Knights Templar Cartel)など複数カルテルからの脅迫を受け、何度も暗殺未遂を経験。彼女は組織犯罪と正面から対峙していた。

  • アレハンドロ・アルコス (Alejandro Arcos Catalán)
     ゲレロ州チルパンシンゴ市の市長。2024年10月、就任6日後に暗殺され、遺体は首を切断されて車の上に置かれていた。ゲレロ州はカルテルの強い影響下にあり、この事件は麻薬組織との結びつきが疑われている。

  • アベル・ムリエタ・グティエレス (Abel Murrieta Gutiérrez)
     2021年、ソノラ州オブレゴン市で市長選出馬中に襲撃され死亡。犯行はカボルカ・カルテル(Caborca Cartel)に関連する者の関与が指摘されている。


3. 近年の動向と傾向

(1) 暗殺の継続と残虐性の激化

最近の事例では、暴力の手口がますます残虐化・衝撃的になっている。特に2024年にはゲレロ州で市長が就任直後に首を切断されて遺体を晒されるという残虐な事件害が起こっており、カルテルによる政治的テロとも形容される。
また、同じ地域では市議会議長など他の政治関係者も次々と殺害されており、カルテルが政治構造そのものを恐怖で支配しようとしている可能性がある。

(2) 増加傾向と選挙暴力

学術研究でも、2000年以降の政治家暗殺数が顕著に増えていることが示されており、特に地方選挙や地方政府の権力構造をめぐる衝突の場面で組織犯罪が暗殺を武器として使っているという分析がある。
加えて、報道・統計によると、政治家への攻撃(致命・非致命を問わず)は全国の多くの地域で発生しており、これは単なる地域的な問題ではなく、メキシコ全体の制度的な課題となっている。

(3) 地域差とカルテルの関与度

暗殺の危険は特にカルテル活動が盛んな地域、すなわち治安の弱い地方都市・自治体で顕著である。ゲレロ州、ミチョアカン州、チワワ州などが例示される。ゲレロ州ではカルテルの勢力が強く、政治と結びついた暴力がよく報じられている。
また、学術的には政治家暗殺のリスクは、特に選挙前・選挙期間中、あるいは政府によるカルテル摘発の直後に増えるという傾向が示されており、カルテルは戦略的に暗殺を使って支配を強化しようとしている。


4. 政治・社会への影響と課題

(1) 民主主義への脅威

政治家暗殺は、地方民主主義を著しく損なう。恐怖によって有能な候補者が立候補を断念したり、選挙中の自由な意思表示が制限されたりする可能性がある。カルテルが地方政治を支配すると、公職が単なる収益源または支配ツールとなり、住民の利益より組織犯罪の利益が優先される恐れがある。

(2) ガバナンスと治安政策の限界

政治的暗殺は、警察や司法制度の能力不足を露呈する。特に地方では、警察や治安機関が不十分で、カルテルが影響力を持つ地域では、政府が統治を完全に取り戻せていないケースが少なくない。
また、暗殺が報復的である場合、国家によるカルテル摘発にはさらなるリスクが伴う。摘発=報復の悪循環が、長期的な治安戦略の大きな障害となる。

(3) 公衆の信頼と恐怖

政治家暗殺は市民の恐怖心を煽り、政治への参加意欲をそぐ。住民が政治に関与する意志を失えば、健全な地域政治が損なわれる。さらに、暴力が常態化している地域では、カルテルが「影の支配者」となり、住民はカルテルに頼らざるを得ない状況に陥る。

(4) 防止・対策の困難さ

カルテルによる暗殺を防ぐためには、単なる警察・軍事力の投入だけでなく、制度改革や地方行政強化が不可欠だ。学術研究者も指摘するように、組織犯罪が地方政府に入り込むメカニズムを断つには、政治的・制度的な対策が必要である。
また、カルテルが報復を行うコストを上げるためには、司法の強化、情報共有、さらには国民や有権者への安全保障の確立が必要である。


5. 結論

メキシコで政治家が暗殺される事案と麻薬カルテルとの関係は、単なる犯罪被害ではなく、国家ガバナンスや民主主義にとって根本的な挑戦を意味している。カルテルは、単に暴力を振るう武闘集団としてではなく、地域政治を支配し、行政を取り込むことでその影響力を強化しようとしている。

この問題を解決するには、政府による摘発の強化のみならず、地方自治体の統治能力強化、司法制度の信頼回復、市民参加の促進、安全性の担保といった総合的なアプローチが不可欠だ。メキシコが暴力の悪循環を断ち切るためには、政治と犯罪の毒性の交錯を解消するための構造的な改革が求められている。

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