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メキシコの作曲家レオノラさん、炎と儀式を再生の音楽的旅に変える

彼女のステージは単なる音楽公演ではなく、観客を「再生」「浄化」「内省」の旅へと導く“儀式”として構成されている。
2025年11月28日/メキシコ、首都メキシコシティ、作曲家・ミュージシャンのマリア・レオノラさん(AP通信)

メキシコの作曲家マリア・レオノラ(María Leonora)さんはこの秋から冬にかけて、火と儀式、そして先古代メソアメリカ(中米)の伝統に根ざした、新感覚のコンサートシリーズ「スルー・オール・ザ・ファイア(Through All the Fire)」を行っている。

彼女のステージは単なる音楽公演ではなく、観客を「再生」「浄化」「内省」の旅へと導く“儀式”として構成されている。

レオノラさんはステージに上がる前、部族的な装いのメイクをし、層になった衣服を身につけ、へそ元には護符をあしらう。レオノラさんはAP通信のインタビューで、「鏡を見ると戦いに赴く戦士のようだ」「火の中を歩き抜く覚悟で臨む」と語っている。

このコンサートシリーズは“章(チャプター)”構成となっており、「音楽も炎も再生の力を持つ」との思いから名付けられた。彼女は「火は燃やし破壊する。しかし、乗り越えれば生まれ変われる」と表現する。

レオノラさんが参照するのは、先コロンブス期にメソアメリカで行われていた蒸し風呂儀式だ。これは石や粘土で作られた構造の中で熱せられた石に水をかけて蒸気を発生させ、多くの人が入り、身体と精神の浄化を図る儀式であった。古代マヤや中央メキシコの文明で広く行われ、人間の再誕や浄化の象徴とされていた。

レオノラさんはこの伝統にインスパイアされ、「苦しみを耐え、熱に身をゆだね、エゴが割れるように自己を見つめ直す」過程を、音楽と舞台を通じて再現しようとしている。

レオノラさんが音楽の道に入ったのは16歳のとき。思春期特有の苦悩を抱えていた彼女にとって、パンクロックとの出会い、そしてドラム演奏は救いだった。「ステージに立ち、観客を前にすることで多くのものを変えることができた。正直、私を救ってくれた」と振り返る。

スルー・オール・ザ・ファイアではラブソング、別れの歌、痛みや喪失感といった感情を順に紡ぎ、やがて観客を深い“内的な旅”へ導く。音、光、映像を使った“イマーシブコンサート”形式で、観客がただ受け身に聴くのではなく、場や感情の渦の中に身を委ねる体験を促す。制作チームは、「我々は観客に曲ごとに包み込まれるような体験を提供したい」と語る。

実際、公演を観た観客の多くは「疲れていた心が浄化された」「生きるエネルギーを取り戻した」と語る。ある若者は3回公演を観た経験を振り返り「見るたび深く満たされる」と述べ、別の女性は「ショー前は疲れていたが、帰るときにはまったく別人のように元気になれた」と語っている。

レオノラさんは観客に対して「積極的に声をあげ、叫び、解放し、自分自身を見つめ直す“内なる旅”に飛び込んでほしい」と呼びかけている。

観客はステージ冒頭、「塩の輪(salt circle)」をくぐるよう促され、外界との境界を抜けて公演世界へ入る。照明は暖かく柔らかく、最初の曲は愛を歌う。そこから別れの痛みに移り、徐々に感情は深みへと沈み込む。やがて彼女はメイクを落とし、衣装の層を脱ぎ、最高潮では「火の中を歩く」ような儀式的行為を象徴的に行う。その過程で観客にも叫び声、嗚咽、驚き、解放といったリアルな感情をぶつけるよう促す。最後の歌は「暗闇を抜けた後に差す一筋の光」。観客は過去の重荷を脱ぎ捨て、新たな自分として歩み出す――そんな再生の瞬間だ。

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