メキシコの麻薬組織「ハリスコ新世代」知っておくべきこと
CJNGは短期間に勢力を拡大し、暴力と国際的な薬物流通の両面で重大な影響を及ぼしている組織である。
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ハリスコ新世代(Cártel de Jalisco Nueva Generación、以下 CJNG)は、メキシコ国内外で影響力を拡大し続ける主要な犯罪組織の一つである。国内では少なくとも20州前後で存在感を示し、合成薬物(特にフェンタニルやメタンフェタミン)の生産・流通で重要な役割を担っていると米国当局や国際機関が指摘している。米財務省や司法当局はCJNGの指導者や関連企業を制裁対象に指定し、米国の麻薬取締当局(DEA)も同組織を主要な脅威の一つと評価している。
創設の経緯
CJNGの起源は2000年代後半にさかのぼる。もともと「Los Mata Zetas(セタス撲滅者)」などの名で活動した武装集団が基盤となり、シナロア・カルテルや既存の地元勢力との関係や分裂を経て独立組織として台頭した。指導者の一人、ネメシオ・オセゲラ・セルバンテス(通称エル・メンチョ)が組織の顔となり、2010年代以降に勢力を急速に拡大したとされる。組織はローカルな密造・流通ネットワーク、人材(元軍・警察の採用を含む)確保、暴力的な支配手法を駆使して拠点を広げていった。
生業(主な収益源と手法)
CJNGの主要な収益源は薬物取引で、コカインの輸送だけでなく、メキシコ国内・国際市場向けの合成薬物(フェンタニル、メタンフェタミン)の製造と密輸が特に目立つ。DEAや米国政府の報告は、メキシコの主要なTCO(越境犯罪組織)の一つとしてCJNGを挙げ、合成薬物の生産設備や化学前駆体の調達、サプライチェーンの構築を行っていると指摘している。また、密輸ルートは陸路・海路・空路を組み合わせ、偽装企業やフロント会社、資金洗浄ネットワークを通じて利益を移転する。さらに、強要(保護料、エクストーション)、ガソリン盗難や違法採掘、人身売買、武器取引など多角的な違法収益源を持っている報告がある。
シナロア・カルテルとの関係
CJNGは創設期にシナロア・カルテルと一定の関係を持っていた時期があるが、その後は両者が領地・ルートを巡って競合・対立関係を形成してきた経緯がある。近年、シナロア内の分裂(いわゆる「ロス・チャピトス」等の派閥の出現)や勢力再編が進む中で、両組織の関係は単純な敵対・同盟だけで説明できない複雑なものになっている。米国の情報機関や専門家は、局地的には協力関係が模索される場面もある一方、主要道や輸送ルート、麻薬市場の支配を巡って激しい争奪戦が続いていると報告している。
麻薬戦争と暴力の様相
CJNGの台頭は地域の暴力を激化させた。道路封鎖やガソリンスタンド・銀行等の放火、軍用機撃墜未遂とされる事件も含め、警察や軍を標的にした大規模で公然たる攻撃を行った事例が確認されている。これらの攻撃は、組織の強硬姿勢と「見せしめ」の戦術を示すもので、民間人の被害や治安悪化を招いている。国際的な暴力指標やメキシコの平和指数は、組織間闘争が増加した地域で殺人・誘拐・強要が増えたことを示しており、組織間の争いが国家レベルの治安統制を難しくしている。
軍や警察との関係(対立と腐敗)
メキシコ政府は長年にわたり軍や連邦警察を投入して麻薬組織と対峙してきたが、CJNGは軍・警察に対して公然と攻撃を仕掛け、時には軍出動を誘発するような大規模な抵抗を見せた。これにより治安部隊の損耗や市民の犠牲も生じている。一方で、地方レベルでは組織と癒着する公務員や警察官、さらには政治家の存在が指摘されており、捜査や摘発を困難にしている。国際的機関や報道は、腐敗とインフォーマント(内通者)問題が根深く、組織の長期的な浸透を許す一因になっていると分析している。
国際社会への影響
CJNGの活動は域内に留まらず国際的な影響を及ぼしている。合成薬物の大量供給は米国を含む消費国での過剰摂取死や公共衛生問題を引き起こし、国際的な麻薬供給チェーンの変化をもたらしている。米国はCJNG構成員や関連企業を制裁・指名手配し、国際金融システムを通じた資金遮断を試みている。また、CJNGは中南米や欧州、アフリカ等に足場を広げつつあるとの報告があり、地域国家にとっては越境的な治安リスクと国際犯罪ネットワークの拡大が懸念材料になっている。
メキシコ政府の対応
メキシコ政府は、軍・連邦警察の展開、司法取引や摘発、資産凍結などの対策を講じている。米国との情報共有や法執行協力、国際的な制裁措置と連携しつつ、主要幹部の摘発や資金源の遮断を目指している。ただし、暴力の抑止や組織の壊滅には時間がかかることが明らかであり、治安部隊の過度な軍事化や人権侵害リスク、地方自治体の腐敗問題など、政策の副次的影響にも配慮が必要である。国際機関やNGOは、法執行だけでなく社会的・経済的な予防策(教育、雇用機会、司法改革)の重要性を指摘している。
周辺国の対応(米国・中南米諸国・国際機関)
米国は安全保障・捜査面でメキシコと緊密に連携し、CJNGの幹部に対する報奨金付与、OFAC制裁、麻薬取締支援を行っている。米国国内の薬物需要対策(消費抑制・治療)や国境管理もCJNG対策の重要要素となる。中南米諸国でもCJNGの拡大に対抗するため、情報共有や合同捜査、刑事協力を強化している。国連(UNODC)などは地域的な薬物対策、治安回復支援、司法能力強化の枠組みを通じて対処を促している。これらの多国間協力は重要だが、各国の司法能力・資源差が実効性を左右している。
課題(短期・長期)
根本的要因の対応:貧困・雇用不足・法の支配の弱さといった社会経済的要因が組織の温床になっているため、治安対策だけでなく長期的な社会政策が必要である。
組織の多様化と適応力:CJNGは合成薬物や金融手法、SNSを使った募集などで柔軟に事業を展開しており、従来の摘発手法だけでは対応が難しい。
国際的取り組みの強化:化学前駆体の規制や金融制裁、比肩する国際捜査協力が求められるが、各国の法制度や利害が障害となる場合がある。
人権と治安のバランス:軍の治安任務の常態化は人権問題を引き起こす可能性があり、司法・警察改革を進める必要がある。
まとめ
CJNGは短期間に勢力を拡大し、暴力と国際的な薬物流通の両面で重大な影響を及ぼしている組織である。米国や国際機関は制裁・摘発を強化しているが、組織の収益源や社会的基盤を断つには多面的な取り組みが必要である。具体的には、国境を越えた司法・捜査協力、化学物質の国際管理、資金洗浄対策に加えて、メキシコ国内での経済・社会政策、腐敗撲滅、司法改革が同時並行で進めなければならない。短中期的には幹部摘発や資産凍結でダメージを与え得るが、長期的な暴力低減と社会復元には一層の時間と国際協調が必要である。
