メキシコ経済の現状、政策の不確実性が持続的成長の最大の障害
メキシコは地理的優位性と製造業基盤という明確な強みを持つ一方で、税収基盤の脆弱性、ペメックスに象徴されるエネルギー部門の財務問題、治安と司法の弱さ、政策の不確実性が持続的成長の最大の障害である。
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メキシコは人口約1.3億人、ラテンアメリカで米国に次ぐ大規模な経済を持つ中所得国であり、地理的に米国に近接することを利点に製造業を中心とした輸出主導型の成長を続けてきた。
自動車、電子機器、電気機器などの組立・加工型産業が輸出を牽引し、近年は「ニアショアリング」により米国向けのサプライチェーンでの存在感が高まっている。ただし成長ペースは近年鈍化し、物価・金融面、国営エネルギー企業(Pemex)の財務、治安・司法、税収基盤の脆弱性といった構造的課題が成長の持続性を損ねている。
現状(マクロ面の主要指標)
成長:国際機関や中央銀行の見通しは総じて控えめで、短期的には景気モメンタムが弱い。IMFは近年の見通しで低成長を示しており、国内景気は外需に依存する部分が大きい。
インフレ・金融:インフレ率は先行して高騰した時期を経て低下基調にあるが、コアインフレやサービスインフレが下押し要因となり得るため中央銀行は慎重な姿勢を続けている。金融政策は物価安定を最優先しつつ、成長支援とのバランスを図っている。
外貨収入:海外送金(レミッタンス)は家計の重要な収入源であり、2024年は過去最高水準に達した。レミッタンスは消費を下支えする一方で、送金に依存する地域経済の脆弱性も示す。
財政・国営企業:政府は社会支出を重視する一方でペメックス(Pemex)への公的支援が続いており、ペメックスの高い債務と国庫への依存は財政リスクとなっている。最近も政府はペメックス支援のための資金調達を行っている。
強み(構造的優位性)
地理的優位性:米国との近接により輸送コストが低く、サプライチェーン内での競争力が高い。
製造業の基盤:自動車・電子部品などの組立分野での実績があり、米国市場向けの輸出拡大余地がある。
労働市場の規模:若年層を含む労働力人口が大きく、適切な技能育成で付加価値向上を図れる。
民間投資の潜在力:外資は依然として流入しており、投資環境が安定すればさらなる誘致余地がある。
主な問題点(構造的・制度的)
税収基盤の脆弱性:租税負担率がOECD平均を下回り、歳入基盤が弱い。税収不足はインフラや教育、保健といった将来投資の制約につながる。
ペメックス依存と財務リスク:ペメックスは長年の累積債務を抱え、政府補填が恒常化している。国庫負担が続くと公共投資余地が狭まり、金融市場の脆弱性を高める。最近も政府はペメックス支援のための資金調達を実施している点が示唆的である。
治安と司法の問題:組織犯罪による暴力や拉致、略奪は企業コストを押し上げ、観光や投資に悪影響を及ぼす。治安悪化は地方経済を直撃し、保険・警備コストや操業中断のリスクを増大させる。
不平等と地域格差:北部の工業地域と南部の貧困地域の差が大きく、人的資本投資の不均衡が将来の生産性を抑制する。
政策の不確実性(エネルギー・通商):近年の政策変化は民間投資、特に再生可能エネルギーや外資の判断を難しくしている。また、対中政策など新たな貿易措置が導入されつつあり(例:一部中国車に対する高関税措置の検討・実施など)、貿易面の摩擦やインフレ押上げリスクをはらむ。
主要課題(政策上の優先順位)
租税改革と歳入基盤の強化:税制の不公正是正、脱税対策、広い税基盤の確立により安定的な歳入を確保し、教育・インフラへ再配分する。
ペメックス再編とエネルギー市場の透明化:ペメックスの財務健全化と市場ルールの確立を両立させ、民間資本を適切に導入する枠組みを整備する。
治安・司法改革:法執行能力と司法の独立性強化、警察改革、汚職撲滅に資源を集中させ、投資環境の信頼を回復する。
人的資本と地域開発:教育の質向上、職業訓練、女性の就労支援、南部地方へのインフラ投資で包摂的成長を実現する。
外需依存の脱却と産業の高度化:サプライチェーンの上流(設計・研究開発・高付加価値部品)に移行するための産学連携とR&D投資を強化する。
実行可能な対策(短期・中期・長期)
短期(1年程度)
レミッタンスを活用した地方振興プログラム:送金受給世帯向けの金融包摂策や起業支援で消費依存からの脱却を図る。
ペメックスの短期流動性支援の透明化:政府支援を条件付きにし、供給契約の健全性を監査する。
治安面での迅速な予算配分:ハイリスク地域への警察・司法支援とコミュニティ治安プログラムの拡充。
中期(2〜5年)
税制改革パッケージ:デジタル経済課税、富裕層課税の強化、租税回避対策の国際協調を含む。
教育・職業訓練投資:産業ニーズに合わせた技能訓練、大学と産業の連携による人材供給。
投資環境の制度安定化:外資参入ルールの明確化と長期投資インセンティブ(税控除・特区)を導入する。
長期(5年以上)
エネルギーセクターの市場改革:ペメックスの段階的再編と民間資本の参入を促進するルール作り。
地域均衡発展戦略:交通・港湾・デジタルインフラの整備で南部や内陸部の競争力を高める。
社会保障の充実:老後・医療・失業リスクに対応する社会安全網を整備し、消費・投資の長期安定を支える。
リスクと不確実性
外部ショック:米国経済の減速や世界的な保護主義の強化は輸出と投資に直接影響する。
政治・政策リスク:税制・エネルギー・通商政策の急変は民間投資を萎縮させる。最近の保護的措置はインフレ圧力と対中関係の悪化リスクをはらむ。
治安悪化:犯罪組織の活動が激化すれば観光・小売・製造の操業コストが上がり、経済活動全体に逆風となる。
ペメックス問題の長期化:国有企業支援が恒常化すると財政の持続性を損ない、国際市場での信用低下を招く可能性がある。
今後の展望(シナリオ)
楽観シナリオ:税制改革、治安改善、ペメックスの段階的再編、外資誘致策が進み、製造業の付加価値向上と内需回復が同時に進む。年率2%台後半の持続的成長が可能となり、所得格差も漸進的に縮小する。
中立シナリオ:現状の延長線上で成長は1%前後にとどまり、地域格差と不平等が固定化する。短期の景気刺激は達成されるが構造改革は断片的にしか進まない。
悲観シナリオ:治安悪化、外需縮小、政策の後退(投資を遠ざける措置の恒常化)が重なれば、投資と雇用が縮小し、長期の停滞と社会不安を招く。ペメックス問題が財政を圧迫し、国際的信用低下を招く恐れがある。
結論
メキシコは地理的優位性と製造業基盤という明確な強みを持つ一方で、税収基盤の脆弱性、ペメックスに象徴されるエネルギー部門の財務問題、治安と司法の弱さ、政策の不確実性が持続的成長の最大の障害である。これらを同時並行で解くためには、次の点が不可欠だ。
租税改革により安定的な歳入を確保し、教育・インフラへの長期投資を行うこと。
ペメックスの透明な再編と民間資本導入のルール整備を進め、財政負担を段階的に軽減すること。
治安・司法改革を通じて投資環境の信頼を回復し、民間企業活動のコストを下げること。
人的資本と地域インフラへの戦略的投資で、製造業の上流工程や高付加価値産業を国内に育成すること。
対外政策は安定性を重視し、主要貿易相手国との関係維持と多角化を図ること。
短期的な景気刺激だけでは持続可能な競争力回復は得られない。政治的合意のもとで中長期的な制度改革と投資が並行すれば、メキシコは再びラテンアメリカの成長牽引者として躍進する潜在力を持つ。だがその成否は、税制と財政の強化、ペメックス問題の克服、治安と法の支配の回復という三つの政策軸に、どれだけ真剣に取り組めるかにかかっている。