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チャド下院、大統領の無制限再選を認める憲法改正案可決

上院(定数69)は10月13日に採決を行う予定である。
チャド、首都ンジャメナ、デビ大統領(Getty Images)

アフリカ西部・チャドの国民議会(下院、定数188)が大統領の任期制限を撤廃し、その任期を5年から7年に変更する憲法改正案を賛成多数で可決した。現地メディアが16日に報じた。

上院(定数69)は10月13日に採決を行う予定である。

国民議会の議長は記者団に対し、「改正案は賛成171票、棄権1票、反対0票で承認された」と語った。

故イドリス・デビ(Idriss Deby Itno)前大統領は2021年4月、反政府勢力「チャド変革友愛戦線(FACT)」との戦闘で戦死。これを受け、軍の最高司令官であった息子のデビ(Mahamat Idriss Deby)氏が議会を解散し、軍事評議会を発足させ、大統領代行に就任した。

デビ氏は24年5月の大統領選で勝利。続く12月の議会選挙では与党が議席の大多数を獲得した。

チャドの政治状況

チャドは中央アフリカと西アフリカの境界に位置し、サハラ砂漠からサヘル地帯に広がる地理的条件を持つ国である。1960年にフランスから独立したが、その後の政治は長らく不安定で、権力の移行は多くの場合、民主的選挙よりもクーデターや武力闘争を通じて行われてきた。このため、制度上は共和制国家であるものの、実態としては軍事政権あるいは強権的な一族支配に近い性質を持っている。

独立後の初代大統領フランソワ・トンバルバイは独裁的統治を行ったが、1975年に暗殺され、その後は反乱や内戦が相次いだ。特に北部と南部の民族的・宗教的対立、アラブ系と非アラブ系の緊張が政治の不安定化を招いた。1982年にはイッサン・ハブレが政権を掌握し、苛烈な弾圧政治を行ったが、1990年にイドリス・デビ将軍のクーデターで失脚した。

イドリス・デビ氏はその後約30年にわたって政権を維持し、国際社会からは対テロ戦争の協力者として支持を得ながら国内では権威主義的統治を続けた。デビ氏はサヘル地域におけるフランスや米国の主要な同盟国であり、チャド軍は対テロ作戦やアフリカの地域安定化に積極的に関与した。しかし国内では反対派弾圧や民主的改革の遅延が批判された。

2021年4月、デビ氏はFACTとの戦闘の最中に戦死した。その直後、軍は憲法を停止し、デビの息子であるマハマド・デビ氏を暫定大統領として擁立し、暫定軍事評議会(CMT)を設立した。この権力移行は憲法規定を無視した事実上の軍事クーデターであり、野党や市民社会からは「世襲独裁の延命」と強く批判された。

国際社会、とりわけフランスはチャドを地域の安全保障上重要な同盟国と位置付け、デビ政権を承認した。しかし、アフリカ連合(AU)や国内野党からは軍事評議会による長期支配への懸念が表明され、民主的な選挙による体制移行が求められている。当初、軍事評議会は18か月以内の選挙実施を約束したが、その後延期を繰り返し、権力延長の姿勢を示している。

2024年に入ってもなお、デビ氏は政権を掌握し、形式上は移行プロセスの途上にあるとされるが、実際には軍事政権の安定化と世襲的統治の固定化が進んでいる。野党や市民社会勢力は選挙の実施、政治犯の解放、言論の自由の保障を求めているが、軍政当局は治安維持を理由に抑圧的な統治を続けている。特に反政府デモはしばしば治安部隊によって武力で鎮圧され、数十人規模の死者が出ることもある。


チャドの安全保障環境

チャドの安全保障環境は国内要因と地域要因が複雑に絡み合っている。国内的には政権と反政府武装勢力との対立、民族間の緊張、また外部から流入する武器や戦闘員が治安を不安定化させている。地域的にはチャドがサヘル地域の中心に位置することから、周辺国の紛争やテロリズムの影響を強く受けている。

第一に、チャドは長年にわたり反政府武装勢力の活動に悩まされてきた。北部や西部の反政府勢力はしばしばリビアやスーダンを拠点に活動し、政権と衝突してきた。とりわけFACTは2021年にデビ大統領を戦死させた勢力として注目され、現在も活動を続けている。

第二に、チャドはボコ・ハラムや「イスラム国西アフリカ州(ISWAP)」といった過激派組織の脅威にも直面している。チャド湖周辺はナイジェリア、ニジェール、カメルーンと国境を接しており、これらの国々で活動する過激派がしばしば越境攻撃を行う。チャド軍は多国籍共同部隊(MNJTF)の一員としてこれらの過激派と戦っているが、治安は依然として不安定である。

第三に、スーダンの紛争がチャドに大きな影響を及ぼしている。特にダルフール紛争以降、数十万人規模の難民がチャド東部に流入しており、現在も続くスーダン内戦は新たな難民流入を引き起こしている。この結果、チャドは世界有数の難民受け入れ国となっており、社会的・経済的負担は増大している。難民キャンプ周辺では武装勢力や犯罪集団が活動し、治安悪化の一因となっている。

さらに、チャドの安全保障は外部勢力の影響下にある。フランスは「バルカン作戦」を通じてチャドをサヘル地域の対テロ作戦拠点とし、首都ンジャメナにはフランス軍部隊が駐留している。また、米国もチャド軍を対テロ訓練や情報支援で支えている。他方、ロシアのワグネルなどの民間軍事会社がチャドへの浸透を試みているとの報道もあり、大国間の影響力争いがチャドの治安に波及している。


政治と治安の相互関係

チャドの政治状況と安全保障環境は密接に結びついている。軍事政権が治安維持を正当化の根拠としている一方で、その強権統治が反発を呼び、反政府勢力や市民の不満を増大させるという悪循環が存在する。さらに、治安部隊の強権的対応は人権侵害と国際的批判を招き、政権の正統性を揺るがしている。

また、外部からの支援も政治と安全保障を結び付ける要因である。フランスや米国はチャドを対テロの要として支持しているが、その支援はしばしば「民主化よりも安定」を優先させ、結果として軍事政権を延命させているとの批判がある。これにより、国内の民主化要求と国際的な安全保障上の要請が乖離する状況が続いている。


今後の展望

チャドの将来を展望するにあたり、いくつかのシナリオが考えられる。第一に、政権が権力を長期化させる可能性である。現状を見る限り、デビ氏は政権維持に成功しており、選挙実施の約束を繰り返し延期している。もしこのまま政権が固定化すれば、民主化の進展は困難となり、国内外からの批判は強まり続けるだろう。

第二に、民主的移行が限定的に進む可能性もある。国際社会の圧力や国内デモの高まりによって、ある程度の選挙実施や政治参加拡大が行われる場合である。しかしその場合も、政権や与党勢力が優位を保ち、実質的な民主化が進まない「管理された民主主義」にとどまる可能性が高い。

第三に、治安環境の悪化が政権の不安定化を招くシナリオもある。スーダン内戦の影響拡大やボコ・ハラムの活動活発化は、チャドの治安をさらに脅かし、政権の統治能力を試すことになる。もし軍が対応に失敗すれば、政権基盤が揺らぎ、再び大規模な反乱や権力移行が生じる可能性も否定できない。


結論

チャドの政治状況と安全保障環境は、独立以来の歴史的経緯から強権的軍事政権と治安不安が相互に作用する構造にある。デビ政権は父の死後に成立したが、憲法規定を無視した軍事的世襲であり、国内外からの批判を受けつつも国際社会の安全保障上の要請によって支えられている。他方、国内では反政府勢力、民族間対立、貧困、難民流入といった複合的な要因が治安を悪化させている。

今後の展望は依然として不透明であり、民主化と安定の両立は難題である。国際社会が治安のみを重視して軍事政権を容認し続ける限り、民主化の遅れと市民の不満は拡大するだろう。一方で治安崩壊は地域全体に深刻な影響を与えるため、チャドの政治・安全保障問題は西アフリカ・サヘル全域の安定を左右する重要な課題であり続ける。

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