石破首相が辞意表明「次世代へバトンタッチ」記者会見で経緯説明
石破氏は2024年10月の就任以降、衆・参を通じた選挙で連立与党が多数を失う深刻な敗北を経験し、その責任を問われ続けた。
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経緯の整理
1. 石破茂氏の首相就任と連続する選挙敗北
石破 茂(Ishiba Shigeru)氏は2024年9月の自由民主党(LDP)総裁選で勝利し、同年10月1日に第102代内閣総理大臣に就任した。その直後、同月27日に衆議院解散・総選挙が行われたが、自民党は大敗し、連立与党は国会での多数を失った。
それにもかかわらず、石破氏は「政治の空白を避ける」立場から続投を表明し、11月11日の国会指名選挙により首相に再選された。
その後、2025年7月20日に行われた参議院選挙でも、自民・公明の連立与党は過半数を維持できず、参院でも安定多数を失った。
この選挙敗北を受けて石破氏は「国民から厳しい審判を受けた」と強く認識し、自らにも重い責任があると述べつつ、「政治が停滞するのは避けたい」として当面の続投の姿勢を示していた。
2. 辞任報道の否定と続投方針
この参院選直後には、一部メディアで「石破氏が8月末に辞任する」という報道も流れたが、石破氏本人は記者会見で否定。「今は続投する」と明言し、政治の混乱を招かない態度をとった。
このころの世論調査では石破内閣への支持率が急落。7月22日には支持率が23%にまで下がり、内閣としては極めて厳しい局面を迎えていた。
3. 党内からの退陣要求と分裂回避への思い
選挙敗北を受けて、自民党内には次期総裁選の前倒しを求める声が強まり、事実上「内閣への不信任」に匹敵する動きが浮上していた。特に麻生 太郎氏ら保守派重鎮や閣僚からの圧力も顕在化し、「このままでは党が分裂しかねない」との危機感が高まっていた。
4. 米国との関税交渉の「区切り」が辞任の契機に
そうした中、2025年9月5日、米国のトランプ(Donald Trump)大統領が大統領令を通じて、日本に対する関税を引き下げる措置(例: 自動車などの関税引き下げ)を発出した。
これを「国益に資する重要な進展」「一つの区切り」と位置づけた石破氏は、ここを辞意表明の適切なタイミングと判断した。
石破氏は記者会見で、「辞める政権と誰が真剣に交渉するか」と述べ、交渉の成就を理由に続投を先送りしていたと説明した。
5. 緊急記者会見での正式辞任表明
2025年9月7日夕、石破氏は緊急の記者会見を開き、辞任の意向を正式に表明。総裁選への出馬はせず、「後進に道を譲る」と明言した。また、党内の分裂を避けるため、自らの判断で総裁選挙の前倒しを止めたとして責任感を強調した。
会見にあたっては、9月6日に菅 義偉元首相や小泉 進次郎農相と面談し、党内結束を重視する助言も受けていたとの指摘もある。
6. 今後の展開と政治的不確実性
石破氏の辞任表明により、自民党は10月初旬を視野に新総裁(=次期首相)を選出する見通しとなった。小泉 進次郎氏、高市 早苗氏、林 芳正氏らが有力候補として挙げられている。
ただし、衆参両院で過半数を失っている状況から、次の政権は野党との協調や連立拡大を視野に入れて政策入れを図る必要があり、不透明な政局が続くことが予想される。
結論
石破氏は2024年10月の就任以降、衆・参を通じた選挙で連立与党が多数を失う深刻な敗北を経験し、その責任を問われ続けた。
党内外からの圧力が強まる中、ただちに辞任せず、まず日米関税交渉という国益に関わる重要政策の区切りを待った。
2025年9月5日にその交渉が「区切り」に達したことを踏まえ、党の分裂を避け、政治的空白を回避するために、9月7日に正式に辞意を表明した。これにより、石破氏の政治責任への姿勢が示されるとともに、自民党は新たな総裁選を通じて次期政権の道筋を模索せざるを得ない状況となった。
短期的には自民党内の結束を優先した判断であり、長期的には日本の政治の安定と政策遂行の観点から、次世代へバトンタッチするタイミングを見極めた決断だったと言える。