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パキスタンとアフガニスタン、連帯と対立の歴史

パキスタンとアフガニスタンの関係は歴史的な民族・地政学的結びつきと近代的国境設定の矛盾、難民問題、過激派の越境といった複数の要因が絡み合っており、「連帯」と「対立」が同時に存在する。
イスラム過激派組織「パキスタンのタリバン運動(TTP)」の戦闘員(Getty-Images)

パキスタンとアフガニスタンの関係は「連帯」と「対立」が並存する複雑な状態にある。人道的・経済的には何百万人規模のアフガニスタン人がパキスタンに依存して生活・移動しており、2024年時点でパキスタン国内の在留アフガニスタン人は数百万人に上ると報告されている。一方で、国境を越えた武装勢力の活動や相互不信、2021年の政変が両国間の緊張を高め、軍事的衝突に至ることもある。これらは単なる二国間関係の問題にとどまらず、地域の安全保障、人道支援、経済復興に重大な影響を与えている。

歴史(概観)

両国の歴史的関係は近代以前の民族的・部族的結びつきと、近代国境(特にドゥランド線:Durand Line)の設定によって形作られてきた。ドゥランド線は1893年に英領インドとアフガニスタンの間で引かれ、パシュトゥン系の部族を分断した。この境界線は今日でもアフガニスタン側に広く承認されておらず、領土・通行の論点として繰り返し紛争の火種になっている。冷戦・ソ連のアフガニスタン侵攻(1979–1989)期には、パキスタンは米国やサウジアラビアとともにムジャヒディンを支援し、結果としてアフガニスタン内の武装勢力とパキスタンの間に密接な関係が生まれた。1990年代以降、タリバンの台頭とパキスタンの関与が国際的な注目を集め、2001年以降の米国の軍事介入と続く紛争も両国関係に影を落とした。近年は2021年のタリバン復権を契機に、かつての「友好」関係に変化が生じている。

両国の関係(政治・安全保障面)

政治面では利害の一致と対立が混在する。パキスタン政府・軍は歴史的にアフガニスタンにおける影響力を保持することを国家戦略の一部と見なしてきた。とりわけインテリジェンス機関(ISI)とタリバンとの接点は多くの研究・報告で指摘され、パキスタンは自国の「戦略的深度」を確保するためにアフガニスタン情勢に関与してきたと評価される。しかし、こうした関与は逆に“ブローバック”──国内における過激化やテロの反作用──を招くリスクを孕んでいる。外交的には国境管理、難民管理、治安協力を巡って協議と対立が続いており、時に直接的な衝突へと発展している。

タリバンと過激派(関係と影響)

タリバン(アフガニスタンの主要派閥)と、パキスタン国内の過激派(TTP=パキスタンのタリバン運動やアフガニスタンに拠点を置くアルカイダ系組織など)との関係は、両国間の緊張の核心だ。パキスタンは歴史的にアフガニスタンのタリバン勢力に一定の支持・接触をしてきたとされるが、2021年以降、アフガニスタンを支配するタリバン暫定政権がパキスタン国内の反政府武装勢力(特にTTP)を十分に抑えきれていないとパキスタンは批判している。逆にアフガニスタン側は、パキスタンが自国内の過激派に対して寛容な態度を取ってきたと非難することがある。これにより、テロ対策や治安協力は域内の重要課題であり続ける。

国境問題(ドゥランド線と実態)

パキスタンとアフガニスタンを分かつドゥランド線は2600キロメートル級の長大な境界線であり、山岳地帯・砂漠地帯を含む地形的困難さもあって管理が難しい。アフガニスタンは歴史的にこの線を国家承認しておらず、多くのパシュトゥン人コミュニティは国境を跨いだ生活・交易・親戚関係を維持してきた。国境管理を強化する試み(フェンス設置や検問強化)は、人や物の移動を制限し、逆に緊張や対立を生む結果になっている。近年は越境砲撃や地上・空中での軍事行動が増え、両国の主張が激しく対立する場面が相次いでいる。

難民問題(規模・人道支援)

難民問題は両国関係の最も基本的かつ長期的な要素である。UNHCRや国連機関のデータによると、パキスタンは長年にわたりアフガニスタン難民を大量に受け入れてきており、2024年/2025年の報告でもパキスタン国内の在留アフガニスタン人は数百万単位(UNHCRの報告では概ね2.6–3.0百万人程度)に達するとされる。多くは「PoR(Provisional/Proof of Registration)」といった制度下にあり、移動の自由や基本的サービスへのアクセスは限定的で不安定な状況にある。UNHCRは強制送還や文書問題への懸念を指摘し、一部のアフガニスタン人が強制送還されたり、登録状態が不明瞭なため保護が不十分であると警告している。人道援助の必要性は依然として高く、国際支援の財源と政治的配慮が不可欠である。

パキスタンの影響力低下(要因と証拠)

かつてパキスタンはアフガニスタンに対する強い影響力を持つ存在と見なされてきたが、近年はその「影響力」が相対的に低下しているという分析が増えている。主な要因は以下である:①タリバン内部の権力構造の変化と地域的多様化により、パキスタンが一枚岩で関与できる相手が限られること、②タリバン政権がTTP等の過激派に対して効果的な取り締まりを行わない、あるいは行えない現実が存在すること、③国際的および地域的な地政学の再配置(中国・ロシア・イラン・インドの関与拡大)により、パキスタンの戦略的優位が相対化したこと。こうした変化は、外交・安全保障政策に見えないコストを課し、両国関係に新たな緊張をもたらしている。近年の報道では、パキスタンとタリバンの関係悪化が明確化し、場合によっては武力衝突にも至る事例が出ている。

2021年の政変(タリバン復権)と影響

2021年8月の米軍撤退と同時にタリバンがアフガニスタン全土を掌握したことは、地域秩序を大きく変えた。短期的には、治安責任を担う主体が変わったことで国境管理やテロ対策の協力関係が再編されることが期待されたが、実際には不確実性と二重性が増した。パキスタンは当初タリバン暫定政権の安定を歓迎する側面があったが、タリバンがパキスタン国内の反政府武装勢力を抑えられないこと、国際的孤立や人道危機が悪化することなどが問題を複雑化させた。世界銀行や国連機関はアフガニスタンの経済・人道状況の深刻さを示し、復興や支援のパイプラインの再設計を促した。

その後の対立(実例)

2021年以降、特に2024–2025年にかけて、国境付近での衝突や相互非難が頻発している。両国は互いに「相手国が自国領内でテロ組織を支援している」と非難し、空爆や地上侵攻、越境砲撃が発生したケースも報告されている。2025年10月には数日の激しい戦闘・空爆が発生し、カタールやトルコの斡旋による停戦交渉が行われた。こうした事例は、単発の事件ではなく、累積する相互不信と失敗した協調メカニズムの帰結だと考えられる。

問題点(構造的・即時的)
  1. 国境管理の欠陥:ドゥランド線を巡る法的・政治的未解決と沿線住民の生活実態の乖離が緊張を生む。

  2. 過激派の越境活動:TTP等の武装組織が両国の安全を損ない、住民被害を生む。

  3. 難民の脆弱性:登録制度の不備や強制送還、基本サービスへのアクセス不足が人道リスクを高める。UNHCRは文書化や保護の不十分を指摘している。

  4. 地政学的競合:インド・中国・イラン・ロシアなどの外部プレーヤーが関与し、二国間の単純な解決を困難にする。

  5. 経済的脆弱性:アフガニスタンの経済衰弱と人道ニーズの増大は難民流入や不安定化の継続的要因となる。国連と世界銀行は大規模な支援必要性を示している。

課題(政策上の優先事項)
  1. 包摂的かつ持続的な難民政策の策定:PoRカードの延長や新規到着者の登録体制の確立、国際機関と政府の連携強化が必要だ。UNHCRはパキスタンに対し長期戦略を求めている。

  2. 国境の市民レベルの協力促進:部族コミュニティや地方行政を巻き込んだ紛争予防の仕組みを作ることが効果的だ。

  3. テロリズム対策の協調:情報共有、限られた共同パトロール、人道的配慮を担保する運用ルールの構築が急務。

  4. 経済・人道支援の拡充:アフガニスタン国内の復興と収入創出支援、難民の自立支援が地域安定に寄与する。国際社会の資金動員が不可欠だ。

今後の展望(シナリオ別の見通し)
  1. 協調深化シナリオ:両国が国境管理・反テロ協力・難民保護で実務協力を強化し、第三国(カタール、トルコ等)や国連の仲介で定期的な会議を設けることで局地的な緊張を緩和できる可能性がある。国際的な資金提供と技術支援があれば人道面の圧力も和らぐ。

  2. 対立拡大シナリオ:相互の空爆や地上侵攻、相手国に対する非難がエスカレートし、地域的な軍事的対立に波及するリスクもある。パキスタンの国内政治不安やアフガニスタン内の派閥抗争が引き金となる恐れがある。

  3. ステータスクオー・悪化シナリオ:国際社会の注目が薄れ、支援が不足したままアフガニスタンの経済・社会状況が悪化し続ければ、難民流入や治安悪化が慢性化する。これはパキスタン国内の安全保障や社会的負担を長期化させる。

まとめ

パキスタンとアフガニスタンの関係は歴史的な民族・地政学的結びつきと近代的国境設定の矛盾、難民問題、過激派の越境といった複数の要因が絡み合っており、「連帯」と「対立」が同時に存在する。安定化のためには、実務的な国境管理、地域レベルの紛争予防、国際機関との協調による難民保護と人道支援、そして過激派対策の透明で相互信頼できる枠組みが必要だ。短期的には停戦・対話を通じた火消しが求められるが、長期的な安定は経済復興と包摂的ガバナンスの改善なくして達成できない。国際社会は資金・技術・外交的プレッシャーを通じて両国の建設的対話を支援する義務がある。


参考・出典UNHCR「Pakistan Annual Results Report 2024」および同国別ダッシュボード、国連OCHAの人道計画、World Bankのアフガニスタン概況、Brookings Instituteや中東研究所(MEI)等の分析

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