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ミャンマー軍政は「総選挙」を行える?考察してみた

軍は物理的・行政的に支配する地域において限定的な投票を行うことは可能だが、国土の半分以上を民主派や民族武装組織が事実上支配する現状では、全国的かつ正当性のある選挙を実現する条件が欠けている。
2025年8月15日/ミャンマー、第二の都市マンダレー郊外、国軍の空爆を受けた地区(AP通信)

2025年末(第1期は2025年12月28日開始と公表)にミャンマーで総選挙を行う計画が軍事政権側から発表されている。軍は選挙日程や段階的実施のスケジュールを示し、少なくとも一部地域で投票を行う方針を示しているが、この「選挙」が国内で幅広い正当性を獲得するかは極めて疑わしい状況にある。直近の軍と抵抗勢力・民族武装組織(EAO)との戦闘は激化しており、軍が実効支配する領域は2011–2025年にかけて大幅に縮小しているとの評価がある(複数の調査・報告が示す)。

歴史

ミャンマーは1948年独立後も中央政府と多様な民族武装組織との紛争が続いてきた。2010年代の政治開放期を経て2015年・2020年の選挙で国民民主連盟(NLD)が支持を獲得したが、2021年2月に軍が政権を掌握するクーデターを実行した。クーデター後、旧来の民族武装組織に加え、NLD支持層を母体とする人民防衛隊(PDF)など新たな抵抗勢力が各地で蜂起し、分散・連携しながら軍に対抗する総力戦に移行した。こうした戦後的な「民衆+民族」の連合は、従来の停戦線や行政的境界を超えて軍の統治能力を蝕んでいる。歴史的に民族問題と中央権力の対立が根深いため、単一回の選挙で安定的統治を回復すること自体が難しい構図になっている。

内戦の経緯と現在の領域支配状況(データ・事例を交えて)

クーデター以降、特に2023年末から2024年にかけて、複数のEAOとPDFが連携した攻勢が起き、軍は主要都市周縁や幹線道路沿いで戦力を消耗した。国際研究機関や政府機関の報告によると、軍が実効支配する割合は大きく減少し、EAO・抵抗側が一定の地域で自治的な統治(行政・司法・治安維持の一部代替)を行う事例が増えている。例えば、シャン州、カチン州、ラカイン州、チン州、カイン州などで抵抗勢力が治安と行政機能を担う地域が拡大している。オーストラリア外務省系のリポートや国際シンクタンクの分析は、軍の支配域が全土の半分以下に留まっていると推定しているが、その範囲は調査主体により差がある(ある分析は軍が20%台、反軍勢力とEAOが40%前後を掌握していると示す)。こうした領域分断は選挙運営の物理的条件そのものを揺るがしている。

実例として、服従しない町村に対する軍の掃討作戦や空爆、抵抗側による幹線遮断と行政代行が頻発しており、選挙に必要な体制(有権者登録、投票所設営、投票の安全保障、開票と集計の透明性確保)が満たされない地域が多数ある。2024–2025年にかけて、抵抗側が複数の重要町を実効支配あるいは攻撃した事例が複数報告され、軍が一時的に奪還したとの報もあるが、これは一時的優勢を示すに過ぎず、長期的に安定した「支配」の確立とは言えない。

軍事政権の動き(戦略・実務面)

軍は選挙実施に向けて次のような動きを見せている:選挙管理委員会(UEC)名義での日程発表、人口調査や住民登録の再整備の強調、海外への外交的根回し(中国・ロシア・インド等への接触)を強めることで国際的な正当化を図る試みである。また、軍系政党のための政治活動許可やメディア統制の継続、反対派の逮捕・拘束、非常事態法に基づく統制を続けることで政治的ライバルの活動を制限してきた。こうした措置は「選挙は行うが競争の公平性は担保しない」ための準備であるとの見方が強い。軍はまた、選挙を通じて国内外に「正当性」を示し、制裁緩和や経済関係の回復を狙うと考えられる。国際的には軍の選挙が自由かつ公正であると評価される可能性は低い。

非常事態宣言の解除と法的条件(憲法と運用)

ミャンマー憲法は一定の非常事態下で軍に広範な権限を与える条項を持つため、軍は「非常事態」を根拠に統治を正当化してきた。理論上は非常事態宣言が解除されれば憲法に従った選挙開催のプロセスが再始動する形になるが、以下の点で問題が残る。第一に、非常事態解除の「正当性」とそのプロセスが外部から検証されにくいこと。第二に、解除前後における抑圧的措置(野党の逮捕、報道規制、集会制限など)が選挙の競争条件に永続的な歪みを残すこと。第三に、解除後における選挙管理機関の独立性が担保されない限り、選挙結果の承認が国内外で拒否される可能性が高いことである。軍が非常事態解除を「形式的」に行っても、実務上の選挙基盤(安全、移動、通信、透明な開票)は回復しないことが多い。

周辺国・国際社会の反応

周辺国は一様に距離を置いているわけではない。中国やロシアは軍との関係維持・対話を継続し、一定の外交的正当化や経済的つながりを提供する一方、東南アジア諸国(ASEAN)は表面的には選挙実施を促す一方で、軍政に対する強い圧力には消極的で、分断的な対応を続けている。欧米諸国は選挙の自由・公正性が担保されない限り承認しないとの立場を示しているため、軍にとって国際的承認は得にくい。周辺国の態度は軍にとっては戦略的な生存手段でもあり、特に中国は越境経済・安全保障の観点から軍政との関係を維持し続ける可能性が高い。これらの外交的分裂は、選挙の国際的受容性をさらに脆弱にする。

問題点(制度的・実務的・安全保障的観点)

以下に主要な問題点を挙げる。

  1. 領域分断と投票実務の不可能性:軍が実効支配しない地域では投票所設置・選挙管理・有権者名簿作成が事実上不能。外部から(国連等)監視団を入れることも安全保障上困難であり、選挙の透明性が担保されない。

  2. 安全の担保不能:選挙期間中に爆発や襲撃、治安乱れが発生すれば投票が中断される恐れが高く、これにより得票結果の一部地域への偏在が生じる。

  3. 政治的自由の欠如:反軍勢力の逮捕や政党登録の制限、メディア規制により、自由で公正な選挙競争が成立しない。選挙が「儀式化」されるリスクが高い。

  4. 国際的承認の問題:主要な民主国家や国際機関が選挙結果を承認しない場合、経済制裁の継続や国際的孤立が続く可能性がある。これにより経済再建が妨げられるとともに、軍政が国際的正当性を失う。

  5. 和平と和解の後退:武装勢力が領域支配を拡大している中で軍が独断的に選挙を急げば、和平交渉の余地は狭まる。反対派が選挙参加を拒否すれば政治的分断は固定化する。

「軍は選挙を行えるか」— 分析的結論

軍が形式的に選挙を「行う」ことは技術的には可能である(軍がコントロールする地域で投票を実施する、段階的に実施するなどの方法)。実際、軍は2025年12月28日からの選挙予定を発表し、実務準備と外交折衝を進めている。だが、「行う」と「正当で普遍的な意味での選挙」が行えるかは別問題である。本稿で示した通り、(1)領域の分断、(2)安全の欠如、(3)政治的自由の制約、(4)国際的承認の欠如、(5)和平プロセスの後退、という複合的要因が存在しており、これらを解消しないまま実施される選挙は「軍政による政治的正当化を目的とした儀式」に留まる可能性が高い。

より踏み込めば、選挙の「実効性」を評価するには次の要件が必要である:①全有権者が安全に投票できること、②候補者が自由に競争できること、③独立した選挙管理と透明な開票・監視体制が確保されること、④結果が国内外で受容されること。現時点ではこれらの要件が満たされる見込みは低い。たとえ軍が支配地域で高い得票を得たとしても、結果は国内の広範な領域と住民の声を反映しないため、政治的正当性は限定的であり、紛争解決や国家統合の道筋には繋がらない。

実例・データの補足
  • メディア報道および選挙日程発表:軍系発表で2025年12月28日開始を掲示。

  • 領域支配に関する調査:国際機関や研究機関の分析では軍の支配域が縮小、EAOやPDFが多数地域で行政機能を代行しているとの指摘。ある分析は軍支配21%、反軍勢力・EAOで約40%という推定を提示している(分析により幅がある)。

  • 戦況の動的変化:軍が一部町を奪還する報がある一方で、抵抗側の領域拡大報告もあり、前線は流動的で安定していない。

政策含意と観察点(短期・中期)
  1. 国際社会は選挙の「形」ではなく「実質」を基準に反応すべきである。形式的選挙をもって正当性を与えるべきではない。

  2. 停戦・人道的アクセス・中立的監視の枠組みが先に来ない限り、選挙は紛争を固定化するリスクがある。

  3. 周辺国(特に中国)は軍政と関係を維持する一方で、域内の混乱が国境安定に悪影響を与えるため、限定的な仲介や調整に動く可能性がある。

  4. 最も現実的な出口は、局地的停戦と包括的な政治対話を段階的に再構築し、前提条件が整った上で国際監視下の選挙を実施することである。

まとめ

軍は物理的・行政的に支配する地域において限定的な投票を行うことは可能だが、国土の半分以上を民主派や民族武装組織が事実上支配する現状では、全国的かつ正当性のある選挙を実現する条件が欠けている。軍が目指す「選挙」は国内の広範な承認を得るのが難しく、逆に紛争の正当化や分断の固定化につながるリスクが高い。従って、軍が単独で短期間に有意義な全国選挙を実施し、その結果を国内外が受け入れる見込みは低いと判断する。

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