教員になることは罰ゲーム、「報われない職業」になった経緯
日本における教員の地位は、明治期から戦前、そして戦後にかけて大きく変化してきた。
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現代の日本において、教員という職業は社会的に敬遠される傾向が強まっている。かつて「聖職」とまで呼ばれ、尊敬と憧れを集めた教員は、いまや「罰ゲーム」とまで揶揄される存在となった。特に若者が教職を志望しない傾向は顕著であり、教員採用試験の倍率低下や人材不足が深刻な問題となっている。政府の統計でも、かつて10倍以上の倍率を誇った小学校教員採用試験は、近年では2倍を割る自治体も珍しくない。これは単なる人気の低下ではなく、制度的・文化的背景に基づく「職業としての魅力の失墜」を意味している。
多くの若者が教員になることをためらう理由として、次の三点が特に挙げられる。第一に、教員が生徒や保護者に対して厳しい態度を示した場合、「体罰」「パワハラ」として訴えられ、SNSやメディアに晒されるリスクが大きい点である。第二に、子供や保護者が教員を尊敬せず、時には「サービス業の店員」のように扱い、クレームや要求を際限なく突きつける点である。第三に、教員は膨大な業務量を抱え、長時間労働に苦しみながらも給与は決して高くなく、コストパフォーマンスが極めて悪い点である。これらの事情が複合的に作用し、教員という仕事は「精神的にも肉体的にも割に合わない」と広く認識されるようになった。
この「罰ゲーム化」の背後には、戦後教育制度の歴史的な展開、社会の変化、そして教育政策の失敗が積み重なっている。
歴史的背景
日本における教員の地位は、明治期から戦前、そして戦後にかけて大きく変化してきた。明治期には教員は「国家の人材を育成する重要な役割」を担う存在として、社会的に高い尊敬を集めていた。農村社会でも「先生」と呼ばれる人物は村の知識人であり、権威の象徴であった。戦前の「師範学校」出身者は、まさに地域のエリートとして遇されていたのである。
戦後、日本国憲法と教育基本法の下で「教育の民主化」が進められた。戦前の軍国主義教育の反省から、教員の権威は「権力的指導者」から「子供に寄り添う伴走者」へと位置づけが変わった。教員は依然として尊敬される立場であったが、社会の中で権威的な力を振るうことは制限されるようになった。この流れは一見すると民主的で健全に思えるが、実際には「教員の権威剥奪」と「責任の過重負担」という形で歪んだ帰結を生むことになる。
高度経済成長期には、教育は「国家繁栄の礎」とされ、教員は多忙でありながらも「子供の未来を背負う尊い仕事」と社会的に評価された。しかし1970年代以降、管理教育や校内暴力問題が顕在化し、教員の役割は「学力の保障者」だけでなく「生活指導員」「カウンセラー」「部活動顧問」などへ拡張されていった。この頃から教員の仕事量は指数関数的に増大し始め、過労死に至る事例すら生じるようになった。
さらに平成以降の「ゆとり教育」とその見直し、少子化、モンスターペアレントの増加、SNS社会の到来などが重なり、教員はかつての尊敬を失い、「批判や要求の標的」となっていったのである。
経緯
現状に至る経緯を整理すると、以下のような段階を踏んでいる。
戦後直後の理想主義的教育
教員は「民主主義を担う存在」として尊敬されつつも、旧来の権威的立場を否定され、新しい役割に適応することを求められた。この時期には社会的評価と実務負担のバランスはまだ保たれていた。高度経済成長期の過重負担化
経済成長と人口増加に伴い、教育需要が急拡大し、教員は「子供の全人格形成」を担う存在として過剰な期待を背負った。生徒指導や部活動の強化が進み、すでにこの時点で教員の長時間労働は社会問題化していた。校内暴力とモンスターペアレントの台頭
1980年代以降、校内暴力やいじめ問題が深刻化し、教員は「生活指導」と「学力保障」の両方を強く求められるようになった。さらに2000年代には、理不尽な要求を突きつける「モンスターペアレント」が社会問題化し、教員の精神的負担は一気に増加した。SNS時代の「公開処刑」化
近年では、教員が少し厳しい指導をしただけで「パワハラ」「体罰」とされ、スマホで隠し撮りされたり、SNSに拡散されることが常態化している。従来なら校内で収まっていた問題が瞬時に全国的な炎上事件に発展し、メディアが取り上げる。これにより教員は萎縮し、毅然とした指導ができなくなっている。
こうした経緯を経て、教員は「権威を失った管理労働者」と化し、社会的尊敬を失いながらも膨大な責任を一身に背負わされるという、最悪の状況に追い込まれている。
問題点
現在の日本の教員が「罰ゲーム」と呼ばれる理由は、次のような問題が複雑に絡み合っている。
① 訴えと晒しのリスク
教員が生徒に声を荒げただけで「パワハラ」とされ、保護者から教育委員会に通報される。SNSに動画がアップされれば、全国的に批判され、人格そのものを否定されることもある。こうした環境では、生徒に対して毅然とした態度を取ることが難しく、教員は日々「地雷を踏まないか」という恐怖の中で働くことになる。
② 尊敬の喪失と「客扱い」化
かつては地域社会の知識人として尊敬された教員も、いまや保護者から「サービス業の店員」のように扱われる。子供の学力や進路、生活態度に少しでも不満があれば、学校や教員に責任を押し付ける風潮が強い。こうして教員は「消費者の要求を満たすサービス提供者」に矮小化され、職業的誇りを失っている。
③ 長時間労働と低賃金
教員の勤務実態は「過労死レベル」と言われるほど過酷である。授業準備、テスト作成・採点、生活指導、進路指導、保護者対応、部活動指導、さらに膨大な事務作業が加わり、土日も出勤することが常態化している。にもかかわらず、給与水準は決して高くなく、同じ学歴を持つ他業種の正社員と比較して「割に合わない」と感じる若者が多い。
結論
日本で教員になることが「罰ゲーム」と呼ばれるのは、単に労働環境が厳しいからではない。歴史的な経緯の中で教員の権威が失われ、責任と負担だけが増大した結果、「報われない職業」となってしまったからである。少子化の中で教育の質を維持するためには、教員を人材不足に追い込む現状を放置できない。
教員の社会的地位を再び回復させるためには、まず労働環境の改善と業務削減、そして社会全体で「教育はサービスではなく公共財である」という認識を取り戻す必要がある。さらに、保護者や生徒が教員を尊重し、相互の信頼に基づく教育関係を築くことが不可欠である。これらの改革なしには、教員という職業はますます「罰ゲーム」と化し、日本の教育は崩壊の道をたどることになる。