SHARE:

コラム:インドネシア首都移転計画、現状は?

ヌサンタラ建設は、ジャカルタの喫緊の問題(沈下・洪水・過密)への対処、国家戦略としての地域分散、そして持続可能性の理念を掲げる国家プロジェクトである。
2022年3月8日/インドネシア、カリマンタン島の東カリマンタン州、新首都「ヌサンタラ」の建設現場(Achmad Ibrahim/AP通信)

インドネシアは首都機能をジャワ島ジャカルタからカリマンタン島(ボルネオ)の東部にある「ヌサンタラ(Nusantara/公式名称:Ibu Kota Nusantara, IKN)」へ段階的に移転する大型国家プロジェクトを進めている。移転の公式発表は2019年で、2022年以降本格的な造成・インフラ整備が始まっている。政府は「持続可能なスマートフォレストシティ」を標榜し、初期段階のインフラ整備や中枢行政区域の建設を優先している。移転関連の予算や民間投資は政府見込みを含め多様な数字が示されており、フェーズに応じた資金調達・事業者の参加が続いている。

新首都ヌサンタラとは

ヌサンタラ(Ibu Kota Nusantara: IKN)は、約25万ヘクタールの指定区域から成る新首都構想で、政府の中枢機関(中央省庁・議会など)を移転することを目的とする計画である。開発方針では開発面積は全体の一部(約25%)に限定し、残りを再植林や生態系保全、食料生産用地に割り当てるという「緑地重視」のコンセプトを掲げている。スマートシティの指針や建築ガイドライン等が公式に公開され、再生可能エネルギー、水管理、公共交通、自動ごみ収集等の先進的インフラを導入する計画になっている。

なぜ移転するのか(主な理由)

移転決定の背景には複合的な要因がある。主な理由は以下の通りである。

  • 地盤沈下と洪水リスク: ジャカルタは過度な地下水汲み上げや海面上昇の影響で都市の北部を中心に急速に沈下しており、世界で最も早く沈む大都市の一つと指摘される。

  • 過密・交通渋滞・環境汚染: 人口集中による交通混雑、空気汚染、都市サービスの限界が顕著で、国の均衡ある発展を阻むという懸念がある。

  • 国家戦略・分散化: 地理的・経済的なバランスを取るため、ジャワ集中からの脱却、東部や内陸地域の発展促進という戦略的狙いがある。

首都ジャカルタの現状

ジャカルタはインドネシア経済・金融の中心であり、メトロポリタン圏で数千万人規模の人口を抱える。だが、都市部は慢性的な交通渋滞、洪水、地盤沈下、空気・水質汚濁、住宅不足などの問題を抱え、耐久的に中央政府機能を維持するには多くの困難がある。ジャカルタは移転後も経済の中心地として残るという見方が一般的であり、移転は行政機能の分離・再配置であって、即座にジャカルタの重要性が消えるわけではない。

開発のコンセプト

ヌサンタラの公式コンセプトは「森林と共生する持続可能な都市」であり、以下の要素が強調される。

  • グリーン・インフラ: 開発地域の大部分を緑地として残し、自然再生や生物多様性保護を行う方針。

  • スマートシティ技術: デジタル監視・運営、IoTを活用した都市運営(交通・エネルギー・水道など)の最適化。公式のスマートシティ計画(Smart City Blueprint)が示されている。

  • 低炭素・再生可能エネルギー: エネルギー供給の脱化石燃料化とカーボンニュートラル目標(政府は2045年に関連目標を掲げる報道あり)を組み合わせる計画。

特徴(都市設計・機能面)
  • 中央政府コアエリア(KIPP: Central Government Core Area)を設け、議会、官庁、司法、公式住宅などを集約する計画。

  • モビリティは公共交通優先で計画され、車依存を抑える設計になっている。

  • 土地利用配分は開発用地・再植林・農地などが明確に区分される予定で、公的文書に基づく比率が示されている。

開発計画(フェーズとスケジュール)

開発は段階的に進められている。政府は当初「2024–2028年」を第一フェーズとして中枢機能の移転準備を行い、長期的には2045年頃までに完全な発展を目指すという時間軸を示してきたが、具体的な年次や資金配分は政権交代や経済状況で調整されている。最近の報道では、大統領(プラボウォ政権)が2029年までに向けた予算(約48.8兆ルピア=約30億ドル)を配分し、段階的に公務員の移転を進める方針を示している。建設会社による個別工事や道路整備、空港整備、上下水道、住宅の契約は国有企業(BUMN)や民間企業を通して進行している。

移転完了時期(現実的見通し)

政府の当初目標や宣言上の「移転完了」年はフェーズによって異なる。行政機能の一部移転や大統領事務所の稼働など短期的な節目は予定通り進める意向だが、完全な都市形成と人口移動まで含めた「完了」は数十年単位になる可能性が高い。外部の推計では第一段階の主要施設整備を2028年前後に見込む報道がある一方、長期開発にはさらに多額の投資と時間が必要とされる。

市民も移住?

公式方針では「国家の中枢機能」を移転することであり、すべての国民が移住するわけではない。公務員や政務関係者、関連サービス業者の移転は計画されるが、一般市民の大規模な強制移住は想定されていない。ただし、都市形成に伴う住宅地や商業地の開発で民間の入居者が増えれば新たな居住者コミュニティが形成されるため、結果的に人口流入はあると見られる。住民補償や地権関係には注意が必要で、地元住民・先住民族との協議や補償交渉が移転の重要課題となっている。

問題点(批判・懸念)

ヌサンタラ構想については多面的な批判と懸念が出ている。代表的な問題点は以下である。

  • 環境面の矛盾: 「森林都市」を謳う一方で造成やアクセス道路、建設基地の造成による森林破壊・生態系損失の懸念がある。特に希少種・先住民の生息域への影響が指摘される。

  • 資金調達と経済性: 計画総額については数百億ドルといった試算がある一方、投資家の撤退や民間資本の不確実性が指摘される。大手投資家(例:ソフトバンクの出資撤回報道など)や資金配分の透明性に対する不安がある。

  • ガバナンスと実行力: 大規模プロジェクトの管理能力、入札・契約の透明性、地域との合意形成、汚職リスクなど行政上の課題が取りざたされる。加えて、ヌサンタラを統括する「IKN管理当局(Nusantara Capital Authority)」の人事や運営にも注目が集まる。

  • 社会的影響: 地元コミュニティの生活様式、土地権利、文化の保護、補償の公平性といった社会面の課題が未解決のまま残る懸念がある。

課題(技術・政策・資金面)
  • 水資源管理: ジャカルタの教訓から地下水管理や洪水制御は重要課題であり、ヌサンタラでも持続可能な水管理システムの設計が急務である。

  • 資金確保と民間参加: 公的予算だけでは不十分なため、海外投資・国有企業・民間デベロッパーの参加が不可欠だが、リスク分担とリターン設計が課題になっている。最近も国有建設会社の大型契約や海外投資誘致の動きが確認されている。

  • 生態系保全と再植林: 既存の鉱業・農地跡地をどう回復させるか、長期的に森林を維持する法制度と資金メカニズムが必要である。

企業・メディアの関与(データと事例)
  • 国有建設会社(PT Hutama Karya、PT Adhi Karya、PT PPなど)は道路・橋梁・上下水道などの工事契約を受注しており、これらの実績や契約額は四半期レポートや報道で確認できる。例えば、Hutama KaryaはIKN関連の工事契約を継続的に獲得している旨が公式発表されている。

  • 政府は海外投資家の誘致を進めており、マレーシアの企業や中国系投資が報道で言及されている。投資総額や契約の詳細は変動するため、個別案件は契約発表で随時確認する必要がある。

  • 国内外の主要メディアが環境・政治・経済面からプロジェクトを追っており、進捗や懸念点を報じている。

今後の展望

ヌサンタラはインドネシア政府の国家的ビジョンを具現化する野心的プロジェクトであり、成功すれば行政効率の向上、地域間格差の是正、将来的な気候適応のモデルとなる可能性がある。一方で、環境保全、資金調達、地元との合意形成、長期の運営維持といった現実的課題をクリアしなければ「ただの象徴的プロジェクト」にとどまるリスクも高い。今後は以下が鍵になる。

  • 透明性のある資金計画と民間パートナーシップの確立。

  • 環境影響評価の厳格化と長期的な生態系保全計画の実行。

  • 地元コミュニティとの持続的な対話と公正な補償メカニズムの運用。

まとめ

ヌサンタラ建設は、ジャカルタの喫緊の問題(沈下・洪水・過密)への対処、国家戦略としての地域分散、そして持続可能性の理念を掲げる国家プロジェクトである。だが、理念と実装のギャップ、資金・環境・社会面の課題をどのように埋めるかが、プロジェクトの成否を左右する。短期的な宣言や建設進捗は伝えられているが、長期にわたるガバナンスと透明性が鍵になる。


参考・出典

  • Nusantara Capital City(公式サイト・Smart City Blueprint等).

  • Trade.gov(US Commercial Service): “Indonesia New Capital City Nusantara” レポート(2024)。
  • Nusantara開発の公的資料(Master Plan、達成報告書等)。
この記事が気に入ったら
フォローしよう
最新情報をお届けします