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コロンビアと米国の関係が急速に悪化した経緯

ペトロ政権とトランプ政権の関係が短期間で急速に悪化したのは、長年蓄積された期待と不満(麻薬対策や安全協力)、ペトロの国内外での政治的振る舞い、そしてトランプ政権の強硬外交スタイルが重なったためである。
トランプ米大統領(左)とコロンビアのペトロ大統領(Getty Images)

2025年9月時点で、コロンビアのペトロ政権とトランプ米政権の関係は著しく悪化している。具体的には、米国務省がペトロ(Gustavo Petro)大統領の査証(ビザ)を取り消す決定を行い、両国は大使級のやり取りを一時的に縮小したり、互いに外交官を召還するなどの報復的措置を取った。こうした事態の背景には、難民・移民の扱いを巡る対立、麻薬対策に関する政策の不一致、国際政治(特にガザ紛争)に関するペトロ氏の発言と行動がある。これら一連の行動・反応は短期間に集中して生じ、両国間の信頼を急速に損なっている。

歴史(米国とコロンビアの関係の構図)

米国とコロンビアは冷戦期以降、麻薬対策と治安・軍事協力を軸に緊密な関係を築いてきた。1999年以降の「プラン・コロンビア」やその後継措置を通じて、米国は対麻薬援助や軍事訓練、情報共有などを行い、コロンビアは米国の主要な地域パートナーとして扱われてきた。2000年代以降、麻薬摘発や治安改善の一部成果があった一方で、同時に麻薬経済や武装勢力の転移・再編が続き、政策的な課題が残存している。こうした構図は政権が変わっても基礎的関係を形作ってきたが、2010年代末から2020年代にかけて、コロンビア国内の政治構造や国際関係の志向に変化が生じた。特に左派色の強い政権が登場すると、米国側の警戒感が高まる傾向がある。

ペトロ氏は元左翼ゲリラ出身で、従来の保守・中道のコロンビア政治とは異なる政策志向(社会投資拡大、和平交渉重視、対米関係の再交渉)を掲げるため、その登場自体が米国内の一部勢力にとって不安材料になった。トランプ政権も対外的には強硬・対抗的な姿勢を特徴とし、特に国内保守層から支持を得るために「ラテンアメリカの左派」に対する強硬姿勢を示すことが戦術になっている。

経緯(関係悪化が短期間で進んだ主要な出来事)

以下に、関係悪化を加速させた主要な出来事を時系列で整理する。

  1. 移民・強制送還を巡る対立(2025年初頭)
    米国が強制送還を実施するために米軍機等を使ってコロンビア国民を送還しようとした事案で、ペトロ政権は当初それを受け入れない旨を表明し、米国側と激しく対立した。米国はこれに対し貿易制裁や査証の制限等を示唆したが、外交交渉の結果、コロンビア側が自国機での収容・移送を引き受けることで一時的に衝突は回避された。これが「最初の大きな衝突点」となり、その後の摩擦に連鎖的に影響を与えた。

  2. 「クーデター疑惑」発言と大使召還(2025年6〜7月)
    ペトロ政権側が米国あるいは米国に近い勢力が国内政治に干渉し、政権転覆を試みた可能性を示唆する発言を行った。米国側はこれを「根拠のない主張」と反発し、双方が大使級の外交官を召還する事態に至った。外交の基本信頼が揺らいだことで、以降の対話はより硬直化した。

  3. 麻薬問題の悪化と米国による「デサーティフィケーション」や批判
    国際機関のデータ(後述)で示されるようにコロンビアのコカ栽培面積や潜在的なコカイン生産能力が増加した年があり、米国はペトロ政権の対麻薬政策が不十分だとして批判を強めた。トランプ政権はコロンビアを麻薬戦略上の「パートナーとして不適格」と判断する動きを示し、法的・財政的な圧力をちらつかせた。こうした措置は実際の支援削減、査証制限の拡大、さらには貿易や制裁の選択肢を含む圧力となって顕在化した。

  4. 国際政治(ガザ紛争)での公開的対立と査証取消し(2025年9月)
    2025年9月の国連総会の時期に、ペトロ氏がニューヨークで行われた親パレスチナのデモに参加し、米国の軍事・外交行動を批判するとともに、米軍の命令に従わないよう米国兵に向けて発言した。トランプ政権はこれを「危険かつ扇動的」と見なし、ペトロ氏の査証を取り消す措置に踏み切った。査証取り消しは国家元首に対する強い外交的メッセージとなり、両国関係を戦略的レベルで決定的に悪化させた。

以上の経緯は短期に集中して発生し、相互不信を増幅する負の連鎖を生んだ。

問題(対立の本質的・構造的要因と具体的影響)

ペトロ政権とトランプ政権の関係悪化は、単一の出来事ではなく複合的な要因が累積した結果である。以下に主な問題点を整理する。

  1. 政策上の基本的対立(麻薬対策・安全保証の方法論)
    トランプ政権は従来型の強圧的な対麻薬政策(軍・海上取り締まりや摘発中心)を重視し、短期的に成果を求める傾向がある。一方、ペトロ政権は貧困対策や農業代替、社会政策を重視し、軍事一辺倒の対応に依存しないことを主張する。だが、国際的なコカ栽培・潜在的コカイン生産の増加(UNODCの報告によると、2023年にコロンビアのコカ栽培面積は約25万3千ヘクタールと過去20年で高水準に達し、潜在的な生産量は大幅に増加したとされる)は、米国側の苛立ちを招いた。こうした客観データは、対麻薬分野での信頼低下を生む。

  2. 外交感情のパフォーマンス化と国内政治の利用
    ペトロ氏は左派基盤へのアピールとして対米強硬姿勢や反米的発言を行うことがあり、これが米国内の反応を刺激する。逆にトランプ政権は国内支持層に向けて「左派政権に厳しく当たる」姿勢を示すことで政治的利益を得る。双方ともに国内政治の論理を外交に持ち込むことで、冷静な外交対話が難しくなっている。

  3. 戦術としての「制裁・査証・貿易措置」の悪用
    査証取消し、ビザ制限、支援削減、貿易制裁の示唆は短期的には圧力手段として機能するが、長期的には協力関係の破壊と反発を招きやすい。例えば、米国が査証を取り消したことは象徴的打撃となり、ペトロ側の反発を強める結果になった。査証問題や大使召還は即時的に報復を促し、問題の外交的解決を困難にする。

  4. 情報戦と信頼の喪失
    クーデター疑惑や「米国関与」への疑念は、双方のコミュニケーションラインを損なう。根拠のない主張と米側の強い反発が交錯すると、通常の外交ルートで事実確認と解決を行うことが難しくなる。

  5. 地政学的再配置と他国関係の影響
    ペトロ政権が従来の親米志向から距離を置き、ベネズエラやキューバ、中国との関係を強める姿勢を示すと、米国は戦略的負担の拡大を懸念する。これが安全保障面や情報共有面での協力低下を呼ぶとともに、米国内での対コロンビア強硬派の声を助長する。

実例・データの提示(代表的な数値と事件)

  • コカ栽培と潜在的コカイン生産の増加:国連薬物犯罪事務所(UNODC)のモニタリングによれば、2023年のコロンビアのコカ栽培面積は約25万3000ヘクタールに達し、前年から増加したと報告されている。この増加により、潜在的なコカイン生産量も大幅に伸びた(年ごとの変動や地域分布の偏りがある)。この統計は米国の対麻薬評価に直結する指標であり、米側の不満の根拠になっている。

  • 査証取り消し(2025年9月):25年9月、米国務省はペトロ氏のビザを査証取り消しの対象とする旨を発表した。理由として米国側は、ニューヨークでのデモ参加中にペトロ氏が「米国兵に対する命令不服従を促す発言」を行った点や、その発言を「危険で扇動的」と評価した点を挙げている。査証取消しは現代の外交摩擦において強い制裁的メッセージであり、関係を急速に冷却させた。

  • 大使召還・外交の縮小(2025年7月):25年7月には両国が相互に外交官を召還し、トップ外交体制が一時的に後退した。これは単発の事件を超えて、信頼回復に長期的コストをもたらすものだった。

  • 移民・強制送還問題(2025年初頭):米国側が実施した強制送還便を巡り、ペトロ政権が当初着陸を拒否する姿勢を見せた事件は、関係悪化の引き金となった。最終的には両国の外交交渉で自国機による引き取りで合意することで戦線拡大は回避されたが、米側の強い反応を招いた。

原因分析(構造的な要因と短期的触媒の整理)

関係悪化を理解するためには「構造的要因」と「短期的触媒」を分けて考えることが有効だ。

  • 構造的要因

    • 歴史的に深い安全保障・麻薬協力関係が存在するため、期待値が高く、結果が出ない場合の失望も大きい。

    • ペトロ政権の政策目標(社会投資、和平優先、異なる対麻薬アプローチ)と米国の期待(摘発・供給削減、短期的成果)に齟齬がある。

    • 国内政治のポピュリズム化(双方)により、外交は政治化しやすい。

  • 短期的触媒

    • 移民・強制送還問題、クーデター疑惑発言、国連総会での過激発言やデモ参加、査証取り消しなどの「イベント」が相互に連鎖し、エスカレーションを招いた。

    • 国際的な麻薬生産統計の悪化(UNODCの報告)が米国の不満を可視化したこと。

今後の展望(シナリオ別の可能性と示唆)

以下に主要なシナリオを掲げ、それぞれの現実味を述べる。

  1. 緩和・対話シナリオ(現実的かつ望ましい)
    双方が高官レベルで静かなチャネルを通じたバックチャンネル交渉を活性化させ、査証問題や大使召還の「象徴的措置」を限定的に解除することで関係修復を図る。米側は麻薬対策の評価指標に柔軟な解釈を導入し、コロンビア側は透明性の向上と一部迅速な成果(押収や特定組織への追及)を見せることで相互利益の回復が可能だ。国際機関(国連や地域機構)を交えた第三者的監視・協力枠組みの強化も有効だ。CFRなどの政策提言は、全面的な断交ではなく関与の維持を主張しており、米国の戦略的自己利益の観点からも完全断絶は採られにくい。

  2. 対立深化・長期化シナリオ
    相互の国内政治が更に硬直化し、査証制限・援助削減・貿易措置などが段階的に実施される場合、両国の協力は長期的に損なわれる。麻薬対策や治安面での協力が縮小すると、地域の空白を他国(中国、ロシアなど)が埋める可能性があり、地政学的リスクが高まる。コロンビア国内でも経済面・治安面での悪化が政治不安を助長する恐れがある。

  3. 選挙・政権交代によるリセットシナリオ
    どちらかの国で政権交代が起きれば、関係は比較的短期間でリセットされる可能性がある。例えば、米国側でトランプ色が薄まれば対話路線に戻る余地が生まれ、コロンビア側で中道寄りの政権が台頭すれば米国側も安心して協力を再開する可能性がある。ただし、政権交代は不確定要素であり、即効性のある解決策としては不確実性が高い。

政策的示唆(実務的対応案)

  1. 透明性の確保と定量目標の共有化
    対麻薬分野については、UNODCや第三者機関と協調してデータの透明性を高め、政策評価のための合意された指標を設定することで、米国側の不満をある程度和らげることが可能だ。

  2. 柔軟な援助パッケージの再設計
    軍事援助だけでなく、農業代替、インフラ、司法強化、腐敗対策などを含む総合的支援パッケージに転換することで、ペトロ政権の政策目標と合致した協力ができる。

  3. 外交チャネルの多層化
    大使館レベルの公式チャネルに加え、安全保障・移民・司法・経済など分野別のワーキンググループを再構築し、問題があっても全体関係を止めない仕組みを作る。

  4. 第三者の仲介・国際機関の活用
    国連や地域機構(OAS等)を交えた技術的・監督的役割を強めることは、中立性を保ちながら問題解決を促進する有効手段になる。

まとめ

ペトロ政権とトランプ政権の関係が短期間で急速に悪化したのは、長年蓄積された期待と不満(麻薬対策や安全協力)、ペトロの国内外での政治的振る舞い、そしてトランプ政権の強硬外交スタイルが重なったためである。具体的事象として、移民・強制送還問題、クーデター疑惑の発言、相互の大使召還、そして2025年9月の査証取り消しなどが直接的な触媒となった。UNODCが示すようなコカ栽培・潜在的生産量の増加は、米国側の懸念を強めた客観的根拠である。関係修復には時間と慎重な外交、双方の実務的妥協が必要であり、第三者の関与や援助パッケージの再設計などが有効な選択肢になる。

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