ボルソナロ・クーデター裁判、ブラジルが米国の「反撃」に備える
この関係悪化は一過性のものではなく、両国間の通商、政治的支持、地域外交における協調性に影響を及ぼす可能性が高い。
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ブラジル政府がボルソナロ(Jair Bolsonaro)前大統領の「クーデター裁判」における米国の「反撃」に備えている。
5人の判事で構成されるブラジル最高裁判所のパネルは11日、4人がボルソナロ氏の有罪を支持。禁固27年3ヵ月の実刑判決を言い渡した。
ボルソナロ氏の盟友であるトランプ(Donald Trump)米大統領はこの判決に不満を表明。ルビオ(Maro Rubio)米国務長官は自身のX(旧ツイッター)で「米政府はこの魔女狩りに相応の対応を取る」と警告した。
ブラジル外務省は11日、ルビオ氏の発言を一蹴。同国の司法は独立しており、ボルソナロ氏には適正な手続きが保証されていると付け加えた。
また同省は「ブラジルの主権を攻撃し、捜査で明らかになった事実や説得力のある証拠を無視した、ルビオ米国務長官による脅迫でブラジルの民主主義を脅かすことはできない」と強調した。
AP通信は12日、ブラジル上院議員の話しなどを引用し、「ルラ政権はトランプ氏の報復を想定し、企業への打撃を緩和するための措置を講じるだろう」と伝えている。
トランプ氏はボルソナロ氏が「魔女狩り裁判」にかけられているとして、この裁判を打ち切るよう要求。ブラジルの関税率を50%に引き上げ、最高裁のジモラエス(Alexandre de Moraes)判事に制裁を科し、その他政府関係者のビザを取り消した。
ボルソナロ氏の弁護団は判決後、最高裁に上訴すると表明した。
このクーデター裁判が進む過程で、米国とブラジルの関係が急速に悪化した経緯を整理する。
背景:事件の概要
ボルソナロ氏は2022年ブラジル大統領選でルラ大統領に敗北した後、選挙システムの不正を主張し、それを覆すための手段を模索したとされる。
2023年1月8日にはボルソナロ支持者が首都ブラジリアで連邦議会、最高裁判所、プラナルト宮殿(大統領府)など政府機関を襲撃し、軍の介入を求めるデモ行動が発生した。これらは「議会を占拠する暴動」「国家機関への攻撃」として大きな波紋を呼んだ。
最高裁はボルソナロ氏とその側近らを、武装的犯罪組織の運営、選挙結果を覆すためのクーデター計画、民主主義の破壊を試みた暴力行為など複数の罪で起訴。裁判が進行し、有罪判決が下されるに至った。
米国との摩擦・関与の動き
以下はこの裁判をめぐって米国が関わったとされる、あるいは関与がブラジルで問題視された主な動きである。
米側の批判と「魔女狩り」の主張
ボルソナロ側および支持者、さらにはトランプ氏の側から、裁判を「魔女狩り」と呼ぶ発言がなされ、「政治的報復」「民主主義の抑圧」の意図があるという見方が繰り返された。
トランプ政権はボルソナロ支持者との政治的・思想的一体感を強調し、ブラジル司法や裁判官を批判する発言をしている。
経済制裁・関税措置
米国は裁判およびそれに関与する裁判官を対象に制裁を科す決定を下した。具体的には「マグニツキー法(Magnitsky Act)」を適用し、米国の経済制裁や資産凍結、ビザ制限などが検討あるいは実行された。
併せて、ブラジル産品に対する高い関税が導入され、ブラジル国内で輸出業者や関連産業に大きな打撃を与えることとなった。
裁判所・司法制度の独立性をめぐる論争
ブラジル政府および裁判所自身は司法の独立性と法の支配を強調し、米国などの外部からの干渉を「主権侵犯」と見なす発言を行った。
最高裁のジモラエス氏は裁判の開廷に際して「外国政府」による干渉の試みがあったことをほのめかす発言を行い、裁判が外圧の影響を受けず、公正に行われることを強張した。
外交的応酬と評判・世論の影響
ブラジル側が米国の批判や制裁を「内政干渉」として非難し、両国間で外交的応酬が起こった。ブラジル外務省はこれを拒否し、自国の司法手続きへの尊重を求めた。
ボルソナロ支持者や一部のブラジル国民は米国の発言や行動を利用して「反ブラジル的な外圧」「主権侵害」という感情を煽る宣伝材料としてきた。これが国内政治の対立を激化させている。
決定的な局面と関係悪化の流れ
これらの動きの中で特に関係悪化を深めた具体的な出来事・タイミングを以下にまとめる。
2025年7月、米国がブラジルからの輸入品に対して50%関税を課すと発表し、さらにジモラエス氏をマグニツキー法の対象として制裁した。これがブラジル政府にとって重大な外交的挑戦となった。
この制裁・関税に対して、ルラ氏は強い憤りを示し、「会話なしに一方的に課された」「独裁的な振る舞いだ」と非難した。これは米国との対話を断念する表明にもつながった。
クーデター裁判の判決(2025年9月11日)、「選挙での敗北後のクーデターを企てた罪」で有罪判決を受けたことが公表された際、米側(特にトランプ氏や外交関係者)は強い反応を見せ、「裁判は不公平だ」「政治的迫害だ」と唱えた。これがブラジル側にとって決定的な火種となった。
ブラジル最高裁の裁判官や司法制度が、“外圧”に耐えていることを示す場面が増え、ブラジル政府は主権・司法の独立性を国内外にアピールするようになった。これに対して米国側からはさらなる制裁や貿易措置を示唆する声もあり、両国の緊張が高まった。
意義と将来への影響
この関係悪化は単なる個人の裁判を超えて、米ブラジル関係の構造的な転換を促す可能性がある。以下がそのポイントである。
民主主義・法の支配の立場の違いの鮮明化
ブラジルは司法が“クーデターの試み”を正式に判断し、有罪を下すという民主的制度の機能を強調している。一方で米国、特に保守派政治指導者たちは、裁判過程に疑念を挟み、司法の中立性や公正性を疑う発言をしており、二国間で民主主義や司法のあり方をめぐる価値観の裂け目が浮き彫りになっている。外交政策・貿易政策への影響
米国による制裁や関税措置はブラジルの輸出産業に影響を与えており、それに対する外交的報復可能性も取り沙汰されている。ブラジルは他国との取引先を拡大したり、WTOへの提訴を検討するなど、米国依存を見直す動きが出ている。政治的アライメント・地域連携の変化
ボルソナロ氏はトランプ氏と思想的に近く、保守勢力間での協力や支持が期待されたが、ルラ政権はより左寄りであり、多国間主義・南南協力などを重視する。裁判をめぐる米国の関与が強調されるほど、ブラジル国内で「非自由主義・強圧的な外部干渉」に対する警戒心が強まり、米国との関係調整を慎重に行う姿勢が目立ってきている。
総括
以上のように、ボルソナロの「クーデター裁判」が進む中で、
選挙後の権力移行をめぐる国内政治の対立が司法の場で法的に裁かれたこと、
米国側からの批判・制裁・関税措置が具体的に動き始めたこと、
ブラジル政府および司法が「主権」「司法独立」を強く守る立場を公に表明したこと、
これらが複合して、米国とブラジルの外交関係を急速に悪化させた。
この悪化は一過性のものではなく、両国間の通商、政治的支持、地域外交における協調性に影響を及ぼす可能性が高い。特に、国際機関での立場、貿易交渉、安全保障協力などでの摩擦が今後予想される。司法の扱いをめぐる国際的な圧力が主権国家の国内手続きにどこまで関与できるかという問いが、ブラジルに限らず国際政治の重要なテーマとなっている。