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ボルソナロ氏に禁固27年3ヵ月、ブラジル最高裁、知っておくべきこと

ボルソナロ氏の「クーデター裁判」は、ブラジルの民主主義と法制度が重大な試練にさらされている象徴的な事件である。
ブラジルのボルソナロ前大統領(Getty Images)

この裁判は2022年の大統領選挙でボルソナロ(Jair Bolsonaro)前大統領が敗北した後、権力移行を阻止するための陰謀(クーデター未遂)を企てたとの疑いに関して、連邦警察および検察庁が起こした訴訟である。正式名は「Ação Penal 2668(AP 2668)」。

最高裁判所が関与し、ボルソナロ氏本人および複数の元閣僚や軍人ら複数の共謀者が被告とされる。罪状には、国家秩序の暴力的破壊の試み、武装犯罪組織の運営、民主主義体制の暴力的廃止、公共財産の損害、重大な脅威などが含まれており、有罪になれば最大で約40年近くの刑を科される可能性がある。

2025年9月11日、最高裁の5人の判事パネルにおいて、4人が有罪と判断し、ボルソナロ氏に対して 27年3ヵ月の禁固刑が言い渡された。


背景

政治的・社会的状況
  • 2022年の大統領選で左派のルラ(Luiz Inácio Lula da Silva)大統領が選出され、ボルソナロ氏は敗北した。選挙後、ボルソナロ氏および支持者側には選挙システムへの不信、電子投票制度の不正疑惑を唱える発言があった。

  • 2023年1月8日、支持者が連邦議会、立法府・司法府・大統領府を襲撃する暴動(ブラジリア襲撃事件)が起きた。これらは選挙結果を覆すことを求めており、クーデター未遂との関係が疑われている。

捜査と証拠
  • 連邦警察・検察庁による捜査が行われ、「クーデター計画に関する調査報告書」をまとめ、複数の元大臣、軍幹部、情報機関関係者などが関与を疑われる。

  • 「Operation Tempus Veritatis(真実の時の作戦)」が捜査の一環として実行された。この作戦では、元補佐官マウロ・シッド(Mauro Cid)氏との協力証言、2022年7月5日の大統領府閣僚会議で非常事態宣言や選挙結果の無効化を含む草案が議論されたという証拠などが押収された。

訴訟の手続と進展
  • 2025年2月、検察庁がボルソナロ氏とその他約33人を起訴。罪状にはクーデター未遂、民主的法制度の暴力による廃止の試み、犯罪組織の結成などが含まれる。

  • 3月26日、最高裁の第1審パネルが全員一致で起訴を受理する決定を下し、ボルソナロ氏を含む8人が公判にかけられることとなった。

  • 6月にはボルソナロ氏自身が証言。非常事態宣言、軍隊の動員、投票システムへの疑義など「憲法内での代替案」としての議論があったと認めつつ、「クーデターそのものは構想にもなかった」と主張。


判決内容

2025年9月11日、最高裁の5人の判事によるパネルで、有罪判決が下された。主なポイントは以下の通り:

  • 有罪とされた罪状:

    1. クーデター未遂(attempted coup to remain in power after electoral defeat)

    2. 武装犯罪組織の運営 (participation in an armed criminal organization)

    3. 民主主義的な法の支配(rule of law)の暴力による廃止の試み(violent abolition of democratic rule of law)

    4. 公共財産の損害(damage qualified by violence)及び国家財産等の劣化(deterioration of listed heritage)

    5. 深刻な脅威(serious threat)等その他の付随する罪

  • 刑罰:27年3ヵ月の禁固刑が科された。複数の罪状により積み上げられてこうなった。

  • 判決において、最高裁の判事のうち4人が有罪、1人は全ての罪について無罪を主張した。


問題点・論点

この裁判において、賛成・反対双方から複数の論点・課題が浮上している。

支持者・被告側の主張
  1. 政治的迫害の主張
    ボルソナロとその支持者は、この訴訟が政治的動機によるものであり、左派政権および司法関係者による圧力であると主張している。自身の言動や選挙制度への疑義の提示が合法な権利であり、クーデターなどの違法行為を実行に移した証拠はないと主張してきた。

  2. 証拠の解釈と未遂の境界
    起草された非常事態宣言の文書や草案があったことは認められているが、それが実際に法律上の効力を持ったり行動に移されたわけではない点を強調。計画と行動の間に決定的な違いがあるとしている。原告側は「計画の具体性」および準備行動を持ってしてクーデター未遂とみなすべきだとする。

  3. 司法のバイアスやプロセスの公正性
    判事、特にジモラエス(Alexandre de Moraes)判事らが検察あるいは警察捜査に強い関与を持つとの批判、また被告側に十分な防衛機会が与えられているか等、手続きの透明性・公正性への疑問が提出されている。

検察・支持者・制度側の主張
  1. 民主主義・法制度の重大な試練
    憲法および選挙制度の正当性を疑う試み、暴動や国家機関への侵入など、民主的秩序に対する直接の挑戦があったという見方。これを放置すれば民主主義が後退するという懸念。 最高裁の判事や検察は証拠の累積(録音、会議記録、電子通信、関与者の証言など)を根拠に、これが単なる政治演説や異議申し立てを超えた行動であったと判断している。

  2. 前例のなさと制度強化の意義
    ブラジルでは民主化回帰後、選挙で敗れた大統領がこのような形でクーデター未遂等の罪で訴追・有罪となったことは前例がなく、「民主主義の番人」として司法機関の独立性・責務が試されているという見方が強い。

  3. 法律上の根拠と量刑の妥当性
    ブラジル憲法および刑法には、「クーデター」「民主的規範の暴力的破壊」「武装犯罪組織」などの犯罪が明記されており、これらに基づく訴追は法的に妥当であるとする。起訴文書には多くの証拠が提示されており、被告側の弁護に対しても検察側は反証の機会を与えているとされる。


意義と影響

この裁判および判決には、ブラジル国内および国際的にも複数の重要な意義と波及効果がある。

  1. 民主主義の防衛
    選挙結果を武力的・準備的行為を通じて否定しようとした疑いに対し、司法が介入し処罰を行うことは他国にも参考となる民主主義の鉄則・抑止のモデルとなる可能性がある。

  2. 政治分断の深まり
    ボルソナロ支持者の中には、この裁判を政治的弾圧ととらえる者が多く、支持層の反発が強い。判決後も社会的・政治的分断が深まっており、不満がデモ等の形で表れる可能性がある。

  3. 将来の選挙および政治家の責任
    この判決により、政治家が選挙負け後に「不正疑惑」を根拠に制度を覆そうとする試みに対して、実際に法的責任を問われうるという前例ができたこと。2026年の大統領選を含め、政治的言動の抑制、あるいは政治戦略への影響が出てくるとみられる。

  4. 司法と立法の関係・制度の強化
    裁判所や連邦警察などの司法機関の独立性、また検察の役割と手続きの透明性が試されており、今後の司法改革、監査・陪審、証拠収集・被告の権利保障などが注目される。


留意点と懸念点

裁判制度そのものおよびその政治的影響について、以下のような懸念もある。

  1. 証拠の十分性および法的定義
    計画があったという証言や草案が存在したことは認定されているが、「実際に行動が起こされたか」「軍の支持が十分だったか」「クーデター実行に必要な要素が揃っていたか」など、未遂とされる要因について疑問を呈する声がある。法的には「未遂」でも罪になるが、行動と意図の境界が曖昧な場合、法的公平性の観点から慎重な判断が必要となる。

  2. 司法の中立性およびプロセスの透明性
    判事や捜査機関が政治的圧力や世論の影響を受ける可能性、被告側の弁護準備および証拠開示の十分性が確保されているかなど、手続き的正義に関する懸念が存在する。

  3. 世論・国民の分断および政治的報復のリスク
    支持者の中にはこの判決を「政治的復讐」や「勝者の裁き」として受け止める者がおり、それによって暴力的な抗議や社会的混乱が起きる可能性。また、この種の裁判が将来任意の政権交代において義務化・乱用されるリスクを指摘する者もいる。

  4. 国際的評価および外交への影響
    国内の司法手続きが国際的法の基準、特に人権・被告人の権利保障の観点からどうみられるかが問われる。支持勢力や一部の国からは、「司法的な政治利用」「法の恣意的適用」との批判が出ており、ブラジルの国際的評価や外交関係にも影響を及ぼす。


結論

ボルソナロ氏の「クーデター裁判」は、ブラジルの民主主義と法制度が重大な試練にさらされている象徴的な事件である。選挙の正当性、敗北後の権力移行、政治家の責任、司法の独立性・手続きの公正性といった核心的なテーマが絡んでおり、国内外から強い関心を集めている。今回の有罪判決は歴史的であり、民主制の規範を守るために司法が果たす役割を改めて示した。

ただし、有罪判決がすべての懸念を解消するわけではない。プロセスの透明性、証拠の証明力、政治的分断の克服など、多くの課題は残る。今後、ブラジル社会がこの判決をどのように受け止め、また政治システムがどのように改革・進化するかが、その後の民主主義の行方を大きく左右するであろう。

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