米国でも高齢者の「再就業」増加、インフレ対策、つながりを求める意識の変化も
米国では50歳以上の5人に1人が退職資金を持っていないとの調査もあり、多くの高齢者が生活費を補うために労働市場に戻らざるを得ない状況にある。
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米国で定年後に再び働く、いわゆる「アンリタイア(再就業)」の高齢者が増加している。背景には生活費の上昇や老後資金の不足といった経済的要因に加え、社会とのつながりを求める意識の変化がある。特に近年は配車や配達、ペットケアなどの「ギグワーク」と呼ばれる柔軟な働き方を選ぶ高齢者が目立っている。
ニューヨーク州で暮らす74歳の男性は神経心理学の博士号を持ち、かつて自身の会社を経営していたが、退職後に想定していた生活は実現しなかった。現在は配車サービス大手ウーバー(Uber)のドライバーとして夜間に働き、収入を補っている。柔軟な勤務時間や利用者との交流に魅力を感じている一方、収入の不安定さや経費負担といった課題も抱えている。
このような動きは個別の事例にとどまらない。米国では50歳以上の5人に1人が退職資金を持っていないとの調査もあり、多くの高齢者が生活費を補うために労働市場に戻らざるを得ない状況にある。平均寿命の延びにより老後期間が長期化していることも再就業を後押ししている。
ギグワークが選ばれる理由の一つは、その柔軟性にある。働く時間や量を自分で調整できるため、体調や家庭の事情に合わせやすい。ニュージャージー州の72歳の女性はペットケアサービスのローバー(Rover)を通じて犬の散歩や世話を行い、月に1000〜2000ドル程度の収入を得ている。孫の世話と両立できる点が魅力だという。
また、仕事は経済面だけでなく心理面でも効果をもたらす。退職後に感じやすい孤独感の軽減や、社会との接点の維持につながるためである。利用者との会話や日々の活動が生活に張りを与え、「役割を持っている」という感覚を保てる点が評価されている。
しかし、こうした働き方には課題も多い。ギグワークは一般に独立請負の形態を取るため、有給休暇や医療保険といった福利厚生はほとんどない。事故や病気で働けなくなれば収入は途絶える。さらに、車両維持費や手数料などのコストがかさみ、実際の手取りが想定より少なくなるケースもある。専門家は収益性や身体的負担を十分に検討する必要があると指摘する。
実際、ドライバーとして働く高齢者の中には、車の修理費などで収入が相殺される例もある。また、長時間の運転や肉体労働は高齢者にとって負担が大きく、仕事の選択には慎重さが求められる。
それでも、多くの高齢者がギグワークを選び続けるのは、完全な引退という従来のライフモデルが変化しているためである。長寿化と経済環境の変動により、「引退=働かない」という考え方は現実に合わなくなりつつある。
ギグワークは高齢者に新たな収入源と社会参加の機会を提供する一方で、不安定さや保障の欠如というリスクも伴う。再就業の広がりは個人の生活戦略であると同時に、年金や雇用制度の課題を映し出す現象でもある。今後、こうした働き方がさらに拡大する中で、高齢者が安心して働ける環境整備が求められている。
