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ダークマターの謎、宗教や精神的伝統に着想を求める科学者たち


ダークマターは宇宙全体の質量の約85%を占めるとされるが、その正体は依然として不明である。
宇宙のイメージ(Getty Images)

宇宙の大部分を占めながら正体が解明されていない「暗黒物質(ダークマター)」をめぐり、一部の科学者たちが宗教や精神的伝統に着想を求めて研究に取り組んでいる。最先端の物理学という高度に実証的な分野において、トーラーやヒンズー教、キリスト教といった信仰が思考のヒントとなっている現状は、科学と宗教の関係を再考させる動きとして注目されている。

ダークマターは宇宙全体の質量の約85%を占めるとされるが、その正体は依然として不明である。観測可能な物質とは異なり、光を放たず直接検出もできないため、その存在は銀河の回転や重力の働きといった間接的な現象から推定されているに過ぎない。また、宇宙の膨張を加速させる「ダークエネルギー」と並び、現代宇宙論における最大の謎である。こうした不可視の存在を前に、研究者の間では純粋な科学的関心にとどまらない「畏敬」や「驚き」の感情が広がっている。

このような背景の中で、宗教的・精神的な枠組みを研究の動機や発想源とする科学者が現れている。理論物理学者のチャンダ・プレスコード=ワインスタイン(Chanda Prescod-Weinstein)博士は、ユダヤ教の伝統や聖典トーラーに触発されている一人である。同氏は古代の人々が自然や夜空と密接に関わりながら世界を理解しようとした姿勢に着目し、それが現代の宇宙論にも通じる視点を提供すると考えている。特に、ダークマターの候補粒子とされる「アクシオン」の研究に取り組む過程で、宇宙を一体の創造として捉える思想が思考を支えていると語る。

また、天体物理学者のブリタニー・カマイ(Brittany Kamai)博士はハワイ先住民の伝統的な航海術に着想を得ている。彼女はフェルミ国立加速器研究所の装置開発に携わった後、星や風、波を頼りに航海する技術を学び、自然との精神的なつながりを再認識した。科学的手法だけでは捉えきれない宇宙の本質に迫るには、こうした感覚的・精神的な理解も重要ではないかと考えている。カマイ氏は物理現象が波として記述される点に注目し、海の深さと宇宙の深遠さを重ね合わせながら、新たな視点を模索している。

一方、研究の過程で宗教に救いを見いだした例もある。ダークマター研究者のダグ・ワトソン(Doug Watson)博士は研究の停滞や精神的疲労に直面する中で、ヒンズー教の一派であるクリシュナ信仰に触れた。彼は聖典「シュリーマド・バーガヴァタム(Srimad Bhagavatam)」に描かれる宇宙創造の物語と、量子力学における観測問題との類似性に着目する。観測行為が物理系に影響を与えるという考え方が、神の視線によって宇宙が成立するという神話と響き合うと感じたのである。ただしワトソン氏自身は、宗教的記述を科学的事実と直接結びつけることには慎重であり、あくまで発想を広げるための比喩的な枠組みとして活用していると強調する。

キリスト教の立場からも、科学と信仰の共存を肯定する声がある。天文学者でイエズス会司祭のアダム・ヒンクス(Adam Hincks)博士は宇宙の謎を探究する行為そのものが神への思索につながり得ると指摘する。自然界の美しさや複雑さを理解しようとする過程が、創造主への理解を深める契機になるという考え方である。また、天文学者のジェニファー・ワイズマン(Jennifer Wiseman)博士も宇宙研究は人間の小ささを自覚させる一方で、地球上の人類が共有する存在であることへの気づきを促すと述べ、科学的探究が倫理的・精神的価値を持つ可能性を示唆している。

さらに、ダークマター研究の先駆者の一人である天文学者ベラ・ルービン(Vera Rubin)博士は、ユダヤ教の信仰を背景に宇宙理解を深めてきた人物として知られる。同氏の銀河回転に関する観測は、ダークマターの存在を裏付ける重要な証拠となったが、その探究の背後には宇宙における人間の位置を問い続ける姿勢があった。こうした姿勢は後進の研究者にも影響を与えている。

もっとも、科学と宗教の接近には慎重な意見も少なくない。天体生物学者のアダム・フランク(Adam Frank)博士は、科学的知見は常に更新されるものであり、そこに固定的な宗教的意味を見いだすことには危険が伴うと警鐘を鳴らす。科学的理論が変化すれば、それに依拠した信仰も揺らぎかねないためである。その上で、両者を結びつける本質は「畏敬の念」にあるとし、数式の美しさと宗教的詩情はいずれも同じ感覚を呼び起こすものだと指摘する。

イスラム思想の観点からも、宇宙理解における神の役割を重視する見解が示されている。宗教学者のカネル・ダグリ(Caner Dagli)博士は十分な計算能力があれば宇宙を完全に理解できるとする見方に対し、神が歴史に介入するという信仰の前提から異議を唱える。こうした立場は、科学的説明だけでは捉えきれない領域の存在を示唆している。

このように、ダークマターという未解明の存在は、単なる物理学上の問題にとどまらず、人間の知のあり方そのものを問い直す契機となっている。科学者の中には宗教的発想を積極的に取り入れる者もいれば、厳密な分離を主張する者もいるが、共通しているのは宇宙の壮大さに対する驚きと探究心である。

ダークマターとダークエネルギーの正体解明には、なお長い年月が必要とされる。しかし、その過程で生まれる多様な視点や学際的な対話は、科学の枠組みを拡張し、人類の世界観に新たな深みをもたらす可能性を秘めている。見えないものを理解しようとする試みは、物理学の領域を超え、哲学や宗教とも交差しながら進展していくとみられる。

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