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トランプ政権とEU諸国の関係が悪化した経緯、今後の展望

トランプ政権とEUの関係悪化は関税・制裁・技術規制・安全保障負担といった複数の領域で同時に生じた摩擦が複合化した結果だ。
2025年8月18日/米ワシントンDCホワイトハウス、トランプ米大統領(中央)と欧州の首脳ら(AP通信)

トランプ第2次政権と欧州連合(EU)の関係が悪化した経緯、主要な問題点と課題、今後の展望を整理し、最後に結論を示す。

1 経緯(どのように関係が悪化したか)

トランプ政権は就任直後から「米国優先」の経済・安全保障政策を前面に押し出した。大きな転機になったのは関税政策の強化であり、鉄鋼・アルミにとどまらず自動車や幅広い工業製品に対して高率の関税や「相互関税(reciprocal tariffs)」の導入を示唆・実施したことだ。これにより、米欧間の昨今の“貿易休戦”は急速に崩れ始め、双方の不信が深まった。

並行して、ホワイトハウスはEUのデジタル政策(例:Digital Services Act など)を「米国企業への差別」として強く批判し、EUや特定の欧州官僚に対する制裁検討の報道が出た。これは安全保障や価値観の違いに留まらず、法制度や技術ガバナンスを巡る争点に発展した。

さらに、ウクライナ戦争を巡る姿勢、ロシア制裁の協調、NATO負担分担を巡る圧力といった安全保障面でも摩擦が生じた。米側は欧州に防衛力増強を強く要求し、その見返りに対ロシア政策や貿易の条件を提示する場面が増えた。

こうした経済・技術・安全保障の複合的圧力が、短期的な対立を超えて構造的な関係悪化をもたらしている。

2 主要な問題点(何が問題なのか)
  1. 貿易政策の一方的・不確実な変更
    トランプ政権は関税を交渉手段かつ保護政策として用い、発表・適用が予告なく行われることがある。このため欧州企業はサプライチェーン・投資計画を修正せざるを得ず、企業側のコスト増・不確実性が拡大する。加えて、米側が既存の貿易協定や「ゼロ関税」扱いを見直す発言を繰り返すことで、ルールに基づく貿易秩序そのものへの信頼が揺らいでいる。

  2. 制裁・報復の政治化と法執行の越境
    米国がEUの政策立案者や当該法の実施責任者に対する制裁を検討するという報道は、外交摩擦を越えて「国内法の国際的押し付け」と受け取られかねない。こうした措置は外交上のエスカレーションを招き、報復関税や投資制限といった手段を通じて関係をさらに悪化させるリスクを持つ。s

  3. アライアンス(同盟)信頼の低下
    NATO負担やウクライナ支援など安全保障項目を巡る米欧の齟齬は、戦略的相互信頼を損ないうる。欧州が防衛支出を増やすことを求められる一方で、米国の対ロシア政策や制裁実行が突如変化すると、同盟としての一体感が弱まる。結果として欧州内部で「米国に依存しない軍事経済的自立」を進める圧力が強まる。

  4. 欧州の分裂リスクと政策的無力化
    EUは構成国の利害調整が必要なため、単一の強硬対応に踏み切りにくい。米国の圧力に対してEUが分裂して対応するリスクは、長期的に米国に対する欧州の交渉力を低下させる一方、国内(各国)で保護主義や経済的打撃への不満が高まる。

3 露呈した課題(欧州側・米国側それぞれの問題)
  1. 欧州側:戦略的自律と結束の矛盾
    欧州は対米関係の悪化に備えて「戦略的自律」を唱えるが、実行には財政・軍事・技術投資が必要だ。さらに加盟国間の経済構造や利害は多様で、実効的な単一戦略を打ち出すには時間と政治的コストがかかる。短期的には米国とぶつかるリスクを避け、長期的には自律を目指すというジレンマがある。

  2. 米国側:単独行動のコスト計算不足
    関税や制裁で短期的な国内産業保護や政治的アピールを得られても、長期的なサプライチェーン破壊、投資減退、インフレ圧力を招く。加えて国際的な協力が必要な安全保障問題(ウクライナ、対中政策、気候変動、サプライチェーンの多国間対応)で欧州を孤立させれば、最終的に米国の戦略にマイナスに作用する可能性がある。

  3. グローバル経済の波及リスク管理不足
    英米間や米EU間での貿易摩擦は第三国や世界サプライチェーンに波及し、例えば鉄鋼・自動車部品・半導体の供給網に混乱をもたらす。EUの研究でも米関税が金融安定や銀行の信用に波及する可能性が示されている。

4 今後の展望(シナリオ別の見通し)

以下は典型的な3つのシナリオとその意味合いである。

(A)緊張の継続と断続的なエスカレーション(ベースライン)
米政権が関税・制裁のカードを維持し、EUは限定的な報復(棚上げしている対米関税の再適用やセーフガード措置)をちらつかせつつ部分的な妥協を図る。経済面では企業がコスト上昇と不確実性を織り込むため投資が慎重になり、成長率に下押し圧力がかかる。安全保障では協調は維持されるものの“信頼の余白”が縮小する。

(B)限定的合意と局所的な解決(トレードオフ)
自動車や航空といったセンシティブ分野での協定や「関税キャップ」「例外扱い」を含む限定合意が成立し、全面対立を避ける。だがこうした妥協は“暫定的”であり、根本的な構造問題(ルールに基づく多国間秩序の侵食や技術ガバナンスの対立)は残る。短期の市場安定を取り戻せても、中長期の信頼回復には時間がかかる。

(C)大きな破局と脱同盟化の進行(ワーストケース)
米側が条約的取り決めや過去の合意を一貫して破棄・改変し、EUが大規模報復に踏み切ると、双方面で貿易や投資の大規模縮小が起きる。これにより欧州は安全保障上の自立を急ぎ、米欧の分断は制度化される。世界的には多極化が加速し、経済・技術・安全保障のブロック化が進む。

5 政策的示唆(現実的な対応策)
  1. EU側
    ・短期:業界ごとの緊急支援とサプライチェーンの柔軟化、懸念産業への一時的救済策。
    ・中長期:デジタル規制と自由競争のバランスをとりつつ、欧州独自の技術基盤(AI、半導体、クラウド)の強化、共通防衛投資の深化。結束を高めるための「小さな連合(enhanced cooperation)」の活用も現実的な手段だ。

  2. 米国側
    ・コスト評価の明示:関税や制裁の経済的インパクトを透明に示し、産業界と連携した事前調整を行う。
    ・多国間協調の再構築:安全保障や気候など協力が不可欠な分野ではEUとの窓口を維持し、短期的圧力と長期戦略のバランスを取る。

  3. 国際的にはWTO・G20などルール基盤の修復努力が必要だ。二国間の摩擦は多国間ルールの強化と透明性向上でしか長期的に解消できない。

結論

トランプ政権とEUの関係悪化は関税・制裁・技術規制・安全保障負担といった複数の領域で同時に生じた摩擦が複合化した結果だ。問題は単なる貿易摩擦にとどまらず、価値や規範(デジタル規制、法の適用、同盟責任)そのものを巡る溝にまで拡大している点にある。

短期的には「限定合意」で局面を収めることが可能であり、それが現実的な選択肢だが、根本的には両者ともに相手依存を減らしつつ協力のベースを再構築するための戦略的忍耐と投資が必要だ。

最も望ましい道は、経済面での紛争を最小化しつつ、技術・安全保障分野では明確なルールづくりと透明性を確保することだ。だがどちらの側も短期的な国内政治圧力に左右されやすく、関係修復は容易ではない。

したがって今後数年は米欧関係の“断続的緊張”が常態化するリスクが高く、その間にEUが戦略的自律と結束をどれだけ実行に移せるか、米国が国際協調をどれだけ重視するかが、世界経済と安全保障秩序の行方を左右することになる。

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