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欧州諸国で台頭する「右派」、経済的停滞や移民問題が背景に

欧州での右派台頭は経済的停滞、移民問題、政治的不信、情報環境の変化といった複合的要因が需要側と供給側で重なった結果として生じた構造的現象である。
2024年6月9日/ドイツ、首都ベルリン、議会選の出口調査結果に歓喜する極右政党「ドイツのための選択肢」の党首ら(AP通信)

以下では、欧州諸国で右派政党(ここでは国家主義的・移民抑制的・ポピュリスト的な性格を持つ広義の「右派」)が近年台頭してきた経緯とその歴史的背景、主要な問題点と課題、今後の展望を整理し、最後に結論を述べる。

概観

2000年代以降、特に2010年代中盤の欧州難民危機以降、欧州の多くの国で右派・極右・ポピュリスト政党が著しく勢力を伸ばした。2020年代には一部の国で右派が政府や連立の中核を占め、欧州議会でも影響力を高めている。これらの動きは単なる選挙上の現象を超え、民主制度や欧州統合、社会的結束に長期的な影響を及ぼし得る。

1 歴史的背景と構造的変化

欧州での右派勢力の「再興」は全く新しい現象ではない。戦後には極右というスペクトラムは常に存在したが、冷戦終結後のグローバル化、欧州統合の深化、経済構造の変化が新たな文脈を生んだ。

1990年代以降の経済自由化は地域間格差や失業を生み、2008年の世界金融危機は欧州の成長モデルと福祉制度に深刻な問いを投げかけた。これに2015年の中東・アフリカからの大量移民流入が加わり、移民やアイデンティティを巡る感情的反発が政治的な火薬庫となった。

従来の左右の枠組みを越えて「主権・移民・治安」を軸に支持を広げる新たな右派モデルが形成された。

2 台頭の主要要因(需要側と供給側)

右派の成功を説明するには「需要側」と「供給側」の双方を区別するのが有効だ。

需要側(有権者の不満・構造要因)

  • 経済的不安と格差:グローバル化の恩恵が都市部や特定産業に偏り、地方や産業従事者に相当な摩擦を生んだ。失業や停滞感は既成政党への不信を強め、単純明快な解決策を提示する右派に有利に働く。

  • 移民・文化的な不安:移民増加は治安や雇用、文化同化に関する不安を喚起し、移民抑制を主張する政党の訴えが受け入れられやすくなった。

  • 政治的不信とエリート不満:汚職や政策の閉塞感、政治・行政の説明不足は「既成政治」からの離反を促し、ポピュリスト的リーダーに支持を向けさせる。

供給側(政党・運動の戦術)

  • リブランディングと穏健化:かつて極端と見なされた党派がイメージ刷新を行い、福祉政策や経済政策を取り込んで「責任ある保守」を装うことで中道層も取り込む。フランス国民連合(RN)やイタリアの右派などは長年のリブランディングで支持基盤を広げてきた。

  • ポピュリズムのメッセージとメディア戦術:シンプルで感情に訴える言説、そしてソーシャルメディアを活用した動員は有権者心理に強く響く。

  • 他党との連携・戦術的同盟:議会制の枠組みを利用し、選挙同盟や連立を通じて政策実現力を高める。これが政府参加へと繋がり得る。

3 代表的事例と示唆

いくつかの国別事例は特徴的であり、共通点と差異が見える。

  • ハンガリー(Fidesz・オルバン政権):欧州における「権威主義的ガバナンス」の先行例であり、司法・メディア・市民社会の制度的制約を取り払い、法の支配を弱める「制度的捕獲」を進めている。これは民主的枠組みの変質がどのように進むかを示す警告になる。

  • イタリア(Brothers of Italy/メローニ政権):伝統的な右派を吸収して政権中枢へ進出した点が目立つ。政権は現実的な統治を行う一方で、文化的・移民関連の強硬姿勢を維持することでコア支持を固めている。

  • フランス(National Rally/国民連合):長年のリブランディングにより選挙競争力を獲得し、近年の選挙で大きな勢力となった。だが選挙後の連立構造やガバナンスの難しさも露呈しており、右派が政権を運営する際の限界も示している。

4 問題点(民主主義・社会・国際関係)
  1. 法の支配と制度の侵食リスク:右派が政権を握ると、司法独立やメディアの自由、市民的権利が圧迫される危険がある。これは短期的な支持確保の手段として制度を改変する「民主的後退(democratic backsliding)」を招く。

  2. 社会分断と排外主義の助長:移民や少数派を標的にした言説は社会の分断を深め、ヘイトクライムや制度的差別の増加に繋がり得る。

  3. 欧州統合の動揺:主権回復やEU懐疑は協調的政策形成を損ない、共通の課題(移民、気候、経済安全保障)への対応を難しくする。右派勢力の増加はEUレベルでの政策弱体化を招く可能性がある。

  4. 外交的不確実性と地政学的脆弱性:対外関係での急激な方針転換、また外部勢力(ロシア的影響や米国のポピュリズム潮流)との連動は欧州の安全保障に新たなリスクをもたらす。

5 課題(抑止と対応の方向性)
  1. 経済的包摂と地域再生:右派支持の根源にある経済的不満に対処するため、地域間格差是正、若年雇用創出、地方の投資誘致などを通じて不満の構造的源泉を減らす必要がある。

  2. 移民政策の現実的マネジメントと説明責任:人権を守りつつ流入管理を実効化し、国民に対して透明かつ一貫した説明を行うことで感情的反発を和らげる。

  3. 民主制度の修復と制度防衛:司法・メディアの独立を守り、法の支配の原則を強化する欧州レベルと国内レベルでの制度的抵抗力を高める。欧州側は制裁や資金配分条件の活用で圧力をかける余地がある。

  4. 情報環境の健全化:メディアリテラシー教育、プラットフォームの透明性向上、フェイクニュース対策を通じて感情的な煽動に対抗する。

  5. 政党の刷新と説明責任の回復:既成政党は有権者の懸念に真摯に向き合い、政策の具体化と説明を通じて政治的不信を取り除くことが不可欠だ。

6 今後の展望
  1. 右派の長期的定着の可能性と条件:右派が中道層を含む幅広い基盤を維持し、統治能力を示せば長期的に政治の主流となる可能性がある。しかし、政策実行で経済や治安が改善しなければ支持は揺らぐ。実務能力の欠如やスキャンダルがあれば支持縮小につながる。

  2. EUレベルでの調整圧力:欧州議会選や加盟国間の連携を通じ、EUは右派の影響を抑えつつルールを守らせるための手段を強化するだろう。だが加盟国内の脆弱さに応じて対応力は限定される。

  3. 地域差と政策多様性の持続:北西欧と中東欧、南欧では右派の性格や人気の源泉が異なるため、欧州全体で一様な結末が訪れるとは限らない。国別事情に応じた流動的な政治ダイナミクスが続く。

7 結論

欧州での右派台頭は経済的停滞、移民問題、政治的不信、情報環境の変化といった複合的要因が需要側と供給側で重なった結果として生じた構造的現象である。

右派の政治的成功は民主制度、メディアの自由、少数者の権利、そして欧州統合の将来に重要な影響を及ぼす可能性があり、短期の選挙結果にとどまらない持続的な課題を提示している。

対応には短期的な安全対策や説明責任の確保と並行して、長期的な経済包摂、法の支配の防衛、情報環境の健全化という多層的な政策が求められる。

既成政党と欧州機関がこれらの課題に真摯に取り組めるかが、今後の欧州政治の方向性を決める重要な分岐点となる。

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