◎1994年9月28日、エストニアの首都タリンからストックホルムに向かっていたM/Sエストニア号はバルト海で沈没、852人が死亡した。
スウェーデンの検察当局は15日、バルト海で1994年に発生したフェリー沈没事故の捜査を再開しないと発表した。
ストックホルム地検は声明で、「エストニア、フィンランド、スウェーデン当局による捜査の結果、衝突や爆発の兆候を示す証拠は発見されなかった」と強調した。
この沈没事故を巡っては、2020年に放映されたテレビドキュメンタリー番組の中で、フェリーの船体に穴が開いている様子が映し出され、再調査を求める声が上がっていた。
地検は「フェリーが浮遊物と衝突したり、爆発した証拠を示すものはない」と述べた。
1994年9月28日、エストニアの首都タリンからストックホルムに向かっていたM/Sエストニア号はバルト海で沈没、852人が死亡した。
フェリーは最初の遭難信号から約30分後に沈没。137人が生還した。
1997年、スウェーデン、エストニア、フィンランド当局は「嵐で船首のドアロックが故障・浸水し、沈没した」と結論づけた。
当局は船首付近で爆発が起きたという憶測を真っ向から否定している。
1995年、3カ国は犠牲者の安息を尊重することで合意。エストニア号と758人の遺体は今も海底80メートル地点で静かに眠っている。