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ロシアによる欧州諸国への「ハイブリッド攻撃」知っておくべきこと

ロシアによる欧州へのハイブリッド攻撃は、多様な手段を組み合わせることで相手の政策決定、社会の結束、経済の安定を揺さぶる総合的な脅威である。
2022年10月21日/ロシア、首都モスクワ、プーチン大統領(Gavriil Grigorov/Sputnik/Kremlin/Pool/AP通信)

ロシアは軍事的衝突だけでなく、政治・経済・情報・サイバー・エネルギーなど多様な手段を組み合わせ、欧州諸国に対していわゆる「ハイブリッド攻撃」を継続的に行っている。NATOやEUはロシア由来の「グレーゾーン」作戦、影響操作、サイバー攻撃、経済的圧力などを重大な安全保障上の脅威と認識しており、同盟・加盟国レベルで対処方針を強化している。NATOはハイブリッド脅威を組織的に監視・対処する枠組みを拡充している。

歴史

ハイブリッド攻撃の原型と見られる行動は冷戦後の東欧で早くから観察されている。2007年のエストニアに対する大規模なサイバー攻撃は、政治的緊張(タリンの銅像移設を巡る論争)を背景に発生し、政府やメディア、金融機関のウェブサイトが数週間にわたって機能不全に陥った。この事件は国家レベルのサイバー脅威が政治的対抗手段として使われうることを露呈させ、欧州各国でサイバー防御強化の契機になったと評価される。

2014年のウクライナ・クリミア侵攻以降、ロシアのハイブリッド戦術はより顕著になった。軍事力投入と同時に、偽情報流布、親露勢力の資金支援、電力網や通信への妨害、経済制裁への報復的なエネルギー供給の切り下げなどが組み合わされ、現代のハイブリッド戦のモデルケースとなった。

経緯

ロシアのハイブリッド攻撃は段階的かつ複合的に展開される。一般的な経緯は次の通りである。第一段階として、政治的弱点や社会的分断を見つけるための情報収集と影響力工作を実施する。次に偽情報キャンペーンやプロパガンダ、外部メディアを通じた世論操作で社会的混乱を増幅する。同時に、サイバー攻撃や物理的なインシデント(爆発、暗殺、工作員活動)で信頼や管理能力を削ぐ。最後に経済的圧力(エネルギー供給の停止や価格操作)、法的・政治的圧力(親露政党の支援やロビー活動)で相手国の政策選択を誘導する。以上の手順が状況に応じて組み合わされることが多い。

攻撃の種類

ロシアのハイブリッド攻撃に含まれる主な手段を列挙する。

  1. 情報・心理戦(ディスインフォメーション)

    • 偽ニュース、ボットや偽アカウントを使った世論操作、親露あるいは反EU・反NATOの政治勢力への資金・情報支援。欧州対外行動庁(EEAS)によるイースト・ストラトコム・タスクフォースがロシア由来の情報操作を追跡していることが示すとおり、体系的な情報戦が継続している。

  2. サイバー攻撃

    • 政府・インフラ・産業へのDDoS、マルウェア、ランサムウェア、破壊型マルウェア(例:NotPetya)。2017年のノットペトヤ(NotPetya)はウクライナを主目標としつつ国際的な企業にも甚大な被害を与え、サプライチェーンや保険市場に深刻な影響を及ぼした。

  3. 物理的・準軍事行動

    • 偽装した特殊部隊や「グレイマン」的作戦、工作員による暗殺・毒殺(例:2018年英サリスベリーのスクリパリ毒殺事件)。こうした行動は威嚇と混乱を狙う直接的手段である。

  4. エネルギー外交と経済的圧力

    • 天然ガス供給の制限や価格操作、重要インフラの保有を通じた影響力行使。2022年以降、欧州はロシアへのエネルギー依存を政治的リスクとして認識し、代替供給の確保を急いでいる。EUはロシア産ガスの段階的廃止を明確化している。

  5. 法的・政治的工作

    • 親露政党の支援、ロビー活動、企業買収を通じた政治影響力の拡大。欧州内の政治分断を長期的に利用する動きである。

  6. 物的妨害・不明確な攻撃

    • 例としてバルト海のノルド・ストリームパイプライン爆発(2022年)のような未解決の破壊行為は、物的インフラを狙ったハイブリッド手段と見なされることが多い。調査は継続中で、責任の所在は国際的に争点になっている。

規模・威力

ロシアのハイブリッド攻撃は「低確度で高効果」を狙うことが多い。直接の軍事衝突に及ばない段階で国家の意思決定や社会の信頼を崩すことを目的にするため、攻撃一件のコストは比較的小さい一方で、社会的・経済的なインパクトは甚大になる。

  • サイバー攻撃の被害額や波及効果は大きい。たとえばノットペトヤ(NotPetya)は世界中の企業に影響を及ぼし、保険や復旧コストを含めて数十億ドル単位の損失を生んだと推定される。これは単一のサイバー作戦でも国際的な影響を与えうることを示す。

  • 情報作戦は選挙結果や世論形成に長期的影響を与える可能性がある。近年の欧州選挙や各国の政治情勢で、偽情報やプロパガンダが投票行動や政治的極化を助長した事例が複数指摘されている。

  • エネルギー面では、天然ガス供給の停止や削減は短期間でエネルギー価格を高騰させ、産業活動や家庭生活に直接的な打撃を与える。2022年以降の供給ショックはEUにとって戦略的なリスク認識を変えた。

問題点

ロシアのハイブリッド攻撃が特に厄介なのは、以下の点である。

  1. 事実関係の曖昧化

    • 攻撃の多くが「国家の関与を否認しつつ代理人や非国家主体を通じて行われる」ため、法的対応や報復を困難にする。証拠の確保や国際的合意を得るまで時間がかかる。エストリアのケースでは公式な国家関与の立証が難しく、対応が分散した歴史的教訓がある。

  2. 相手の閾値を測るプローブ行為の常態化

    • 小規模な侵害や妨害で相手の反応を試し、効果的な作戦手法を洗練させる。これにより防御側は常に「次は何が来るか」を読み切れない状態に置かれる。

  3. 国際法・規範の適用困難

    • ハイブリッド攻撃は従来の戦争分類に当てはめにくく、国際法上の“武力行使”に該当するか否かで対応が分かれる。たとえばノルド・ストリームの破壊や毒殺事件のように、刑事事件としても国家間の外交上の事案としても扱える曖昧性がある。

  4. 社会的分断の悪化

    • 偽情報やプロパガンダは長期的に市民の信頼を蝕み、民主制度自体の弱体化を誘発する。プラットフォーム運営企業との協調や規制の遅れが被害を拡大する要因になっている。

対策

欧州とNATOはハイブリッド脅威に対して複合的な対策を講じている。主な対策分野は次の通りである。

  1. 防御能力の強化(サイバー・インフラ)

    • 政府・重要インフラのサイバー防御能力を向上させ、脆弱性管理やインシデント対応の標準化を進めている。NATOとEUは合同演習や情報共有、早期警報システムを整備している。

  2. 情報の透明化とデジタル・リテラシー向上

    • 偽情報に対する早期検出とファクトチェックの体制整備、国民へのリテラシー教育を推進している。EUの「ディスインフォメーション対策」やイースト・ストラトコム・タスクフォースの活動は代表的な例である。

  3. エネルギー依存の抑制と多様化

    • ロシア産エネルギーへの依存を低減し、再生可能エネルギーやLNG、他国からのパイプライン等を通じた供給源多様化を進めている。EUは段階的にロシア産ガスの利用を撤廃する政策を打ち出し、代替供給確保に向けた法整備を行っている。

  4. 外交・法的対応の強化

    • 共同制裁や国際司法手続きの活用、疑わしい行為に対する透明性確保と責任追及を強化している。毒殺・破壊行為のような重大事件では、国際的な合同捜査や情報共有が鍵になる。

  5. 民間と政府の協力(Public-Private Partnership)

    • SNS・プラットフォーム・通信事業者・エネルギー企業など民間セクターと政府の協調で早期検出と封じ込めを行う。サプライチェーン・リスクの監視や対応演習を共同で行うことが増えている。

今後の展望

今後の展望は二つの軸で考えられる。一つは「ロシア側の戦術の変容」と、もう一つは「欧州側の適応能力」である。

  1. ロシア側の可能性

    • ロシアは短期的にはウクライナ戦争を背景に欧州内での影響力行使を継続する可能性が高い。直接的な軍事衝突を避けながら、サイバー、情報操作、代理人利用、経済・エネルギー圧力を組み合わせる「ハイブリッド」的手法を洗練させるだろう。物理的破壊行為(インフラ攻撃)や暗殺・毒殺といった抑止閾値を試す行為も引き続きリスクになり得る。ノルド・ストリームのような未解決事件は、将来のインフラ攻撃に対する国際的警戒を高める契機になった。

  2. 欧州側の適応

    • 欧州は2022年以降、エネルギー多様化や軍事協力、法制度の整備を加速している。EUの動き(ロシア産ガスの段階的廃止や代替供給確保)は長期的にロシアの経済的影響力を削ぐ方向に働く。だが、情報・社会面での脆弱性は依然残り、対策の強化と同時に市民社会の信頼回復が課題になる。

まとめ

ロシアによる欧州へのハイブリッド攻撃は、多様な手段を組み合わせることで相手の政策決定、社会の結束、経済の安定を揺さぶる総合的な脅威である。歴史的な前例(2007年エストニア)、サイバー被害、人体攻撃(スクリパリ事件)、エネルギーを巡る圧力や物的破壊(ノルド・ストリーム事件疑惑)など、実例は具体的で多岐にわたる。対処には軍事・警察・司法・外交に加え、サイバー防御、メディアリテラシー、エネルギー政策の転換、そして民間との協調が不可欠である。欧州はすでに多くの対策を進めているが、攻撃側の戦術変更に迅速に対応する継続的な監視と柔軟な制度設計が求められる。

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