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欧州の主要空港にサイバー攻撃、搭乗手続き混乱、ロシアの犯行か

犯行声明を出した組織や個人は確認されていないが、多くの専門家がロシア系ハッカー集団の犯行と指摘している。
2025年9月19日/ベルギー、ブリュッセル空港(AP通信)

欧州の複数の空港がサイバー攻撃を受け、欠航や遅延が相次いでいる。

ブリュッセル空港、ベルリン・ブランデンブルク空港、英ヒースロー空港で20日にシステム障害が報告された。各空港当局は搭乗手続きを手動で行っている。

現地メディアによると、他の空港で障害や異常は確認されていない。

ベルギーのブリュッセル空港は声明で「9月19日夜、複数の空港に影響を及ぼすチェックイン・搭乗システムのサービスプロバイダーに対するサイバー攻撃が発生した」と説明。フライトスケジュールに「大きな影響が出る恐れがある」と警告した。

各空港は「問題の核心は航空会社や空港自体ではなく、チェックイン・搭乗システムのプロバイダーにある」と述べている。

犯行声明を出した組織や個人は確認されていないが、多くの専門家がロシア系ハッカー集団の犯行と指摘している。

ブリュッセル空港では搭乗手続きの際に自動システムが使えなくなり、職員が手作業で対応にあたった。被害は限定的で、現地メディアによると、少なくとも10便が欠航、複数の便に遅れが出ているという。

ヒースロー空港も搭乗システムに技術的な問題が発生したと報告。出発便に遅れが出る可能性があるとのこと。

ブランデンブルク空港はホームページに声明を投稿。チェックインに時間がかかっているとして、利用客に注意を呼びかけた。

2022年2月にロシアがウクライナへ全面侵攻を開始して以降、欧州諸国に対するサイバー攻撃が急増した背景には、複数の戦略的、政治的、軍事的な要因が絡んでいる。ロシアは従来からサイバー空間を「非対称戦力」として活用してきたが、戦争勃発後はその比重が一層高まり、欧州全体が直接的な標的となった。

第一に、ロシアはサイバー攻撃を軍事行動の補完的手段とみなしている。ロシア軍はウクライナ侵攻に際して、物理的な攻撃と同時並行的にサイバー空間での作戦を展開し、通信網や政府機関、重要インフラを混乱させることを狙った。この延長線上で、欧州に対してもウクライナ支援を妨害する目的でサイバー攻撃を仕掛けることは自然な流れであった。実際、侵攻直後にはドイツやポーランド、バルト三国などでエネルギー関連システムや政府サイトに対する大規模なDDoS攻撃やマルウェアの拡散が確認されている。

第二に、EUやNATOが一致してウクライナを支援したことが、ロシアにとって大きな脅威と映った。特に武器供与、経済制裁、外交的孤立化を進める動きは、ロシアの国際的立場を著しく不利にした。これに対抗する手段として、ロシアは従来の軍事力では直接攻撃できない欧州諸国を、サイバー領域を通じて揺さぶる戦術を採用した。サイバー攻撃は匿名性が高く、被害を与えつつも明確な報復を受けにくいという利点があるため、制裁や兵器支援への「報復行為」として用いられたのである。

第三に、ロシアの情報戦戦略に基づく心理的効果の狙いも大きい。欧州社会に対して停電や交通混乱、情報漏洩といった不安を与えることで、一般市民の戦争疲れや政府への不満を増幅させ、対ウクライナ支援の継続に疑問を生じさせることが目的とされた。とりわけ冬季におけるエネルギー施設への攻撃はロシアが欧州のエネルギー依存を外交カードとして利用してきた経緯とも重なり、物理的供給停止とサイバー攻撃を組み合わせることで心理的圧力を高めようとする動きが見られた。

第四に、ロシア国内の国家機関と非公式のハッカー集団の連携が強化されたことも背景にある。例えば「Killnet」など親ロシアを掲げるハッカー集団は欧州諸国の空港や病院、金融機関に対する攻撃を行い、その多くが政府の黙認あるいは奨励の下で活動しているとされる。国家が直接関与しているケースでは、サイバー軍や情報機関が関与し、軍事的に洗練されたマルウェアやゼロデイ攻撃が使われている。他方で、非国家主体による攻撃は分散的かつ大量に行われ、欧州全体のセキュリティ体制に持続的な負担をかけている。

第五に、ロシアはサイバー攻撃を「交渉カード」としても用いている。サイバー空間で欧州を揺さぶり続けることで、制裁解除や和平交渉において有利な立場を確保しようとする狙いがある。欧州のインフラが常に攻撃にさらされている状況は、各国に「ロシアを刺激しすぎると被害が拡大する」という抑止心理を生み出しうる。こうした間接的な圧力戦術は、軍事的劣勢を補うロシア流の戦い方の一環といえる。

さらに、技術的側面から見ると、ロシアは長年にわたってサイバー戦能力を蓄積してきた。2007年のエストニアへのサイバー攻撃や、2015年・2016年のウクライナ電力網への攻撃などを通じて、国家規模でのサイバー作戦の経験を積んでいる。その蓄積が2022年以降の大規模かつ持続的な攻撃に活かされている。

ロシアによる欧州へのサイバー攻撃急増の背景には軍事行動の補完、制裁への報復、心理戦、非国家主体との連携、交渉カードとしての活用、そして長年の技術的蓄積といった要素が複雑に絡んでいる。物理戦とサイバー戦を融合させた「ハイブリッド戦争」の典型例であり、欧州にとっては新たな安全保障上の脅威となっている。この状況は今後も続く可能性が高く、欧州はNATOやEUを通じてサイバー防衛を強化し、共同で対応せざるを得ない局面に立たされている。

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