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ベラルーシ、米合意後に政治犯を強制送還、野党党首が非難

ベラルーシの人権状況は政治的権利の否定、言論統制、市民社会の破壊、司法の従属、国家による組織的暴力といった多層的な抑圧が重なり合う深刻な状態にある。
2025年9月11日/リトアニア、首都ビリニュス、ベラルーシの野党指導者チハノフスカヤ氏(AP通信)

ベラルーシの野党指導者チハノフスカヤ(Svetlana Tikhanovskaya)氏は12日、ルカシェンコ政権が米国との合意に基づき釈放した52人の政治犯を「国外追放」したと非難した。

ベラルーシ当局は前日、米国が仲介した合意の一環として52人の政治犯を釈放した。この合意により、ベラルーシの国営航空会社に対する制裁が解除された。

チハノフスカヤ氏はリトアニアの首都ビリニュスで記者会見を開き、52人が解放されたことを歓迎する一方、「真の自由ではなく、強制送還に過ぎない」と強調した。

またチハノフスカヤ氏は「釈放された人の半数が刑期満了間近で、パスポートもなく、リトアニアに送還され、帰国もできない」と明らかにした。

さらに、「このような送還が常態化することを避けるため、米当局と連携していく」と述べた。

解放された52人のうち14人は外国人。内訳はリトアニア人6人、ラトビア人2人、ポーランド人2人、ドイツ人2人、フランス人1人、イギリス人1人である。

52人のうち51人はベラルーシ国内にとどまることを認められず、リトアニアに送られた。

ベラルーシの人権団体「ビアスナ人権センター」によると、同国で収監されている政治犯は約1200人。その中には22年にノーベル平和賞を受賞した人権活動家ビアリアツキー(Ales Bialiatski)氏や野党指導者のコレスニコワ(Maria Kolesnikova)氏などが含まれている。

その多くが2020年の大統領選後の抗議デモに参加した人々である。

ベラルーシの人権状況はヨーロッパの中でも最も深刻な抑圧状態にあると評価されている。1994年にルカシェンコ(Alexander Lukashenko)大統領が就任して以来、同国は権威主義体制を維持し続け、政治的権利や市民的自由が長期的に制限されてきた。ルカシェンコ氏は「ヨーロッパ最後の独裁者」とも呼ばれ、その支配下では選挙の自由、公正な司法、表現の自由、市民社会の活動といった民主的制度が徹底的に損なわれている。とりわけ2020年の大統領選挙とその後の抗議運動への弾圧は、人権侵害の構造を鮮明に示す象徴的な事例となった。

まず政治的権利の制約について考えると、ベラルーシの選挙は実質的に政権の延命を目的とした儀式にすぎない。選挙管理委員会は政権寄りに運営され、野党候補の立候補を妨害したり、集会の開催を阻止したりする。投票や開票の透明性はなく、結果は事実上あらかじめ決められている。2020年の大統領選挙では、反体制派の有力候補者の多くが拘束され、あるいは立候補を禁じられた。唯一選挙戦を戦ったチハノフスカヤ氏は大規模な支持を集めたが、公式発表ではルカシェンコが80%以上の票を得たとされ、国際社会からは「不正選挙」と強く批判された。この結果を不服とした国民の抗議デモは国内各地で広がったが、治安部隊による暴力的鎮圧と大量拘束によって抑え込まれた。

表現や言論の自由も深刻に制限されている。国営メディアは政権の宣伝機関と化しており、独立系メディアは嫌がらせや強制閉鎖に直面している。インターネットやSNSは政府にとって監視の対象であり、政権批判の投稿をしただけで逮捕される事例が多発する。通信の遮断やウェブサイトの封鎖も頻繁に行われ、特に大規模抗議の時期には政府が意図的にインターネットを遮断し、市民同士の連絡や外部への情報発信を妨害した。こうした状況の中で、国内の言論空間は大きく歪められ、政権批判の声は抑圧されている。

市民社会や人権団体への弾圧も顕著である。独立系のNGOは「過激主義」や「外国勢力との共謀」といった罪名で活動を禁止され、数百に及ぶ団体が2021年以降に強制的に解散させられた。人権活動家はしばしば逮捕・投獄され、国外に逃れざるを得ない状況に追い込まれている。国内での活動が封じられたため、多くの民主化運動家やジャーナリストはリトアニアやポーランドに拠点を移し、国外から活動を継続しているが、国内市民への直接的な支援は困難になっている。

さらに深刻なのは治安部隊による暴力と拷問である。2020年の抗議運動の際には数万人が拘束され、その多くが殴打や電気ショック、長時間の屈辱的扱いなどを受けたと証言している。拷問や非人道的待遇は体系的に行われていると国際人権団体も指摘しており、死亡例も複数確認されている。それにもかかわらず加害者が処罰された例はほとんどなく、治安部門の免責が事実上保障されている。

司法制度もまた独立性を欠いている。裁判所は政権の意向に従って判決を下し、政治犯には重刑を科す一方で、治安部隊の不法行為には目をつぶる。弁護士は政治的事件を担当すると資格を剥奪されるリスクを負い、市民の法的権利は著しく制約されている。この結果、法の支配は実質的に機能していない。

国際社会はベラルーシの人権侵害に対して強い懸念を示し、EUや米国は制裁を課してきた。しかしルカシェンコ政権はロシアとの関係を強化し、経済的・政治的支援を得ることで制裁の影響を緩和している。むしろ政権は西側の批判を「外部からの干渉」と非難し、国内弾圧の正当化に利用する傾向さえある。このため、制裁や国際的孤立が短期的に民主化につながる兆しは乏しい。

ベラルーシの人権状況は政治的権利の否定、言論統制、市民社会の破壊、司法の従属、国家による組織的暴力といった多層的な抑圧が重なり合う深刻な状態にある。市民は自らの権利を主張する手段を奪われ、国外に逃れた野党勢力や活動家が国際的に問題を訴え続けているが、国内の状況改善には至っていない。ヨーロッパの中心に位置する国家でこれほど人権が抑圧されている現状は、地域全体の安全保障や民主主義への信頼にも影を落としており、国際社会にとって重大な懸念事項であり続けている。

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