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イスラエル軍によるイエメン空爆、死者46人に、フーシ派が発表

23年10月以降のイスラエルとフーシ派の対立はガザ紛争の副次的戦線として始まったものの、その影響は中東全域と国際社会に広がっている。
2025年9月10日/イエメン、首都サヌア、イスラエル軍の空爆後、黒煙が上がる様子(ロイター通信)

イエメンの親イラン武装組織フーシ派は11日、イスラエル軍による前日の空爆の死者数が46人に増加し、165人が負傷したと明らかにした。

イスラエル軍は首都サヌアと北部ジャウフ県を空爆。両地域の軍事キャンプ、フーシ派の施設、燃料貯蔵施設を攻撃したと報告していた。

フーシ派の報道官は両地域で死傷者が出たことについて、「イスラエルへの報復を続ける」と表明した。

イスラエル軍は11日早朝、イエメン領内から発射されたミサイル1発とドローン1機を迎撃したと発表。ケガ人や建物被害の情報はない。フーシ派は後に犯行声明を出した。

2023年10月にガザ紛争が勃発して以降、イスラエルとフーシ派との対立は急速に激化した。フーシ派はシーア派の一派ザイド派を基盤とし、長年イエメン内戦でサウジアラビア主導の連合軍と戦ってきたが、ガザでの戦闘が始まると自らを「パレスチナの抵抗勢力と連帯する」立場に位置づけた。

フーシ派はイランからの軍事的・資金的支援を受けており、イランが中東全域で進める「抵抗の枢軸」の一翼を担っている。そのためイスラエルとの直接的な対立は単なる地域紛争ではなく、中東全体の勢力図に影響を及ぼす動きとして注目されている。

フーシ派はガザ紛争勃発後まもなく、紅海やアデン湾においてイスラエル関連の商船や米国・欧州の輸送船を標的に攻撃を開始した。これには無人機や対艦ミサイル、さらには弾道ミサイルが用いられ、紅海の国際航路は大きな脅威にさらされることとなった。イスラエルにとって紅海は南部エイラート港を通じた重要な貿易ルートであり、フーシ派の攻撃は経済的打撃を与えるだけでなく、戦略的孤立を狙う意図があったとされる。実際、複数の国際海運企業が紅海経由の航路を一時停止する事態となり、国際物流に深刻な混乱をもたらした。

イスラエルは当初、フーシ派の攻撃をイランによる「代理戦争」の一環とみなし、直接的な報復には慎重であった。しかし攻撃が継続し、イスラエル本土に向けた長距離弾道ミサイルや無人機が発射されると、イスラエル軍は迎撃システム「アロー」や「アイアンドーム」を用いてこれを防ぎつつ、紅海周辺での軍事作戦を強化した。また、米国が主導する多国籍海軍作戦「プロスペリティ・ガーディアン」にも積極的に協力し、フーシ派の脅威に対抗する枠組みを強化した。

一方フーシ派は攻撃の正当性を「パレスチナ人民との連帯」として国内外にアピールし、イエメン国内での支持拡大を図った。イエメンは長年内戦と人道危機に苦しんでおり、フーシ派にとってガザ紛争への関与は自らを「反イスラエル・反米の抵抗勢力」として正当化する重要な戦略だった。加えてイランにとっても、フーシ派がイスラエルを牽制することは戦略的に有利であり、レバノンのヒズボラやイラクの親イラン民兵組織と並ぶ「多方面からの圧力」を形成する狙いがあった。

この構図の中で、イスラエルとフーシ派の対立は地域的な安全保障環境を大きく変化させた。紅海はスエズ運河と並び欧州とアジアを結ぶ海上輸送の要衝であり、その安全は世界経済に直結する。フーシ派の攻撃により海運保険料が高騰し、石油や天然ガスの輸送にも影響が出た。特に欧州諸国はエネルギー供給の安定性に強い懸念を示し、米国と協力してフーシ派の攻撃能力を抑制する作戦を展開した。しかしフーシ派は山岳地帯を拠点とし、ゲリラ戦術に長けているため、完全な制圧は難しい状況が続いている。

さらに、イスラエルとフーシ派の対立は中東における「代理戦争」の性格を一層強めた。イスラエルは北のヒズボラ、東の親イラン民兵、南のフーシ派と多方向から圧力を受ける形となり、防衛リソースの分散を余儀なくされている。他方でフーシ派の攻撃は米軍の介入を招き、イエメン情勢に新たな緊張をもたらした。米軍はフーシ派拠点への限定的空爆を実施し、これに対しフーシ派はさらに攻撃を強化するという報復の連鎖が生じている。

23年10月以降のイスラエルとフーシ派の対立はガザ紛争の副次的戦線として始まったものの、その影響は中東全域と国際社会に広がっている。フーシ派は紅海の戦略的重要性を利用して国際世論に存在感を示し、イランの地域戦略に貢献している。他方、イスラエルにとっては安全保障上の新たな負担が増大し、米国や欧州にとっても紅海の安全確保が喫緊の課題となった。

今後もフーシ派の攻撃が完全に抑止される見通しは立っておらず、イスラエルとフーシ派の対立は長期化し、中東の不安定要因として残り続ける可能性が高い。

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