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イランとIAEA、核査察再開で合意、詳細明らかにせず

イラン核合意をめぐる混乱は①米国内政治の対立、②中東地域の安全保障不安、③イランの核開発継続と地域覇権追求、④国際社会の統一対応の欠如が絡み合って生じたものといえる。
イランの国旗(Getty Images)

イランと国際原子力機関(IAEA)が核関連施設の査察再開で合意した。双方が9日、明らかにした。ただし具体的な内容は明らかにせず、イランは欧米諸国に対し、「制裁が再発動されれば合意は無効になる」と警告した。

イランのアラグチ(Abbas Araghchi)外相とIAEAのグロッシ(Rafael Mariano Grossi)事務局長はエジプト・カイロで会談。イスラエルによる6月の核施設への攻撃で中断された査察の全面再開に向けた道筋を示した形だ。

ロイター通信は外交筋の話しとして、「詳細は今後明らかになるだろう」と報じた。

アラグチ氏とグロッシ氏は共同記者会見で具体的な説明を避けた。

グロッシ氏はX(旧ツイッター)にも声明を投稿。「本日カイロでイラン外相と…イラン国内での査察活動再開に向けた実務的手法で合意した」と書いた。

欧州主要3カ国(英仏独、E3)は先月末、イランの核開発計画をめぐり国連制裁の再発動に向けた措置を開始した。

これは国連安保理の拒否権でも回避できないように設計されており、早ければ10月にも発効する可能性がある。

これにより、イランの海外資産凍結、武器取引停止、弾道ミサイル計画開発への制裁などが再び実施され、すでに打撃を受けている同国経済をさらに圧迫することになる。

イラン政府はこの動きに反発し、核不拡散条約(NPT)から離脱する可能性もあると示唆。これが現実になれば、2003年にNPTを放棄し、その後核兵器を製造した北朝鮮に続く可能性がある。

イラン核合意をめぐる一連の混乱は2015年に成立した「包括的共同行動計画(JCPOA)」を出発点として理解する必要がある。

この合意はイランの核開発を制限する代わりに、国際社会が経済制裁を緩和するという枠組みであり、イランと米国、英国、フランス、ドイツ、ロシア、中国の6カ国との間で締結された。

IAEAの査察体制の下で、イランはウラン濃縮活動を制限し、重水炉の改造や余剰濃縮ウランの国外搬出などを受け入れた。これによって当面の核兵器開発リスクを抑える一方、イラン経済は制裁解除によって原油輸出や金融取引の正常化を目指した。

しかし、この合意は当初から脆弱さを抱えていた。米国内では共和党を中心に「合意は不十分であり、イランの核開発を根本的に阻止できない」との批判が強く、また中東地域でもイスラエルやサウジアラビアが強く反対した。

彼らはイランの弾道ミサイル開発や地域での軍事的影響力拡大を問題視し、核合意がそれを抑止する仕組みを持たないことを欠点とみなした。

転機は2018年に訪れた。第1次トランプ政権が核合意を「史上最悪の取引」と断じ、米国を一方的に離脱させた。

米国は「最大限の圧力」政策を掲げ、イランに対する経済制裁を全面的に復活させた。これによってイランの原油輸出は激減し、金融・貿易活動は麻痺状態に陥った。

イラン国内では深刻なインフレや失業が進み、社会不安が広がった。他方でイラン指導部は「合意を守る理由が失われた」と主張し、段階的に合意の履行を縮小していった。具体的には、ウラン濃縮度を上昇させ、遠心分離機の稼働数を増加させ、IAEAの査察への協力を制限するなど、核開発の制約を次々と逸脱していった。

この過程で、米国とイランの対立は軍事衝突の危険すらはらむ段階に至った。2019年にはホルムズ海峡周辺でのタンカー攻撃事件や米無人機撃墜事件が発生し、2020年1月には米国がイラン革命防衛隊のソレイマニ(Qassim Soleimani)司令官を殺害、イランが報復としてイラク国内の米軍基地を攻撃するなど、両国関係は極度に緊張した。核合意は事実上形骸化し、国際社会は中東地域の不安定化を深く懸念することになった。

バイデン政権発足後、米国は核合意復帰を模索した。ウィーンでの交渉を通じ、米国は制裁緩和の用意を示し、イランも核活動の制限に戻る意向を示したが、交渉は停滞を繰り返した。

主因は米国が将来再び政権交代で合意を離脱する可能性を排除できないこと、またイランが求める「革命防衛隊のテロ組織指定解除」を米国が拒んだことなどにあった。さらに2022年以降、イラン国内では反政府デモの弾圧やロシアへの無人機供与などが国際社会から強い非難を浴び、米国・欧州諸国の対イラン強硬姿勢が強まった。こうして合意再建の見通しは遠のいた。

その一方で、イランはウラン濃縮度を60%近くまで引き上げ、事実上「核兵器に必要なレベル」に接近していると指摘されている。IAEAは査察活動に制約を受け、イランの核計画全容を把握できない状況にある。

国際社会はイランが核兵器開発を決断する「ブレイクアウト・タイム」が短縮していることを憂慮しているが、有効な抑止策を見いだせていない。イスラエルは軍事的オプションを示唆し、湾岸諸国も不安を強めている。

イラン核合意をめぐる混乱は①米国内政治の対立、②中東地域の安全保障不安、③イランの核開発継続と地域覇権追求、④国際社会の統一対応の欠如が絡み合って生じたものといえる。

合意は当初、外交的成果として期待されたが、米国の離脱によってその基盤は大きく揺らぎ、イランの行動も硬化した。今日に至るまで合意は完全に蘇生せず、むしろ中東の核拡散リスクを高めている。今後、米国とイラン双方に政治的妥協の余地が乏しいことから、核合意は再建よりも「管理不能な崩壊」に近づいているとの見方もある。

イランは6月初めの時点で60%の濃縮ウランを440.9キログラム保有。IAEAによると、これは核弾頭9~10発分に相当する。

<ウラン(U-235)の濃縮度>
▽0.7%:標準
▽2~5%:原子炉燃料(軽水炉用)
▽3.67%以下:イラン核合意の規定値
▽20%以上:高濃縮ウラン
▽90%以上:核兵器用

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