飛沫を防ぐ?
プラスチック製のフェイスシールドは、飲食店、バー、美容院などで広く重宝されている。しかし、口を直接覆わないこのアイテムは、私たちをコロナウイルスから守ってくれるのだろうか?
私たちは軽く言葉を発する度に、肉眼ではほとんど見えない何千、何万ものエアロゾル液滴(えきてき)を大気中に放出している。つまり、私たちは会話の都度、大切な家族、友人の顔面に唾を吹き付けているのだ。
コロナウイルスに感染している患者が放出するエアロゾル液滴の中には、世界中でパンデミックを引き起こしたCOVID-19ウイルス粒子が含まれており、それを吸い込んだ者は感染の危機にさらされる。
現在、コロナウイルス拡散の主要要因と考えられているものがエアロゾル液滴により空気感染である。
世界保健機関(WHO)は、大気中に放出されたウイルスによって感染が広まると認めたうえで、それが常時空中を漂い、新たなホストを見つけることについては否定的な見解を示している。
しかし、世界中の優秀な科学者たちは、COVID-19ウイルス粒子が空中をフワフワと漂い、感染を広めていると考えている。
ミュンヘンのルートヴィヒ・マクシミリアン大学病院で音声学と小児科音響学の責任者を務めるマタイス・エヒタナヒ氏と、流体力学の専門家として活躍するステファン・ニースバーグ氏の設置した高速カメラが、オペラ歌手として活動するカースティン・ローゼンフェルト氏の口内から爆発するエアロゾル液滴を捉えた。
この実験は、ステージ上でオペラ歌手やコーラス歌手などが思いっきり歌った時に、唾がどの程度拡散するかを調べ、閉鎖の続く舞台やライブの再開に活用すべく、実施された。
コロナウイルスの感染拡大を防ぎつつ大観衆の前で思いっきり歌うことは、想像以上に難しい。
エヒタナヒ氏はBBCの取材に対し、「私たちが計測したプロの歌手は、目の前に最大1.4mのエアロゾル液滴エリアを発生させた」と述べた。
歌手の口内から放出された唾は、大きな液滴であれば約1.5m飛散後、着陸した。一方、目に見えない小さな唾は、約1.9mほど飛んだという。なお、くしゃみは8m近くエアロゾル液滴を爆散させるため、それに比べると飛行距離は短いことが分かった。
次にローゼンフェルト氏はマスクを着用した状態で歌った。すると、予想通りエアロゾル液滴の噴出量に大きな変化が生じた。
高速カメラをチェックすると、彼女の目の前で風が渦巻くものの、唾の飛散量は劇的に減少。また、マスクと肌の小さな隙間からそれが噴き出している様子もチェックできた。
マスクを着用することにより、エアロゾル液滴の放出量を劇的に抑え込むことができたのである。
実験をチェックしたエヒタナヒ氏は、大きな水滴は完全にシャットダウンできたものの、マスクをきちんと取りつけていないと、隙間からエアロゾル液滴が拡散、大気中に放出されてしまうと指摘した。
バイエルンのラジオ合唱団9名も同様のテストを行い、マスクの効果を実証した。しかし、マスクを着用した状態で歌うことは困難かつ苦しい。
団員たちは数カ月間、マスクを着用した状態でトレーニングを行ってきた。しかし、本番を想定して歌うと、緊張で息は切れ、さらに、声がどうしてもくぐもってしまうという。
ローゼンフェルト氏は苦しそうに喘ぎ、「マスクを着けて状態で歌い、観客を満足させることは不可能」と述べた。
エヒタナヒ氏とニースバーグ氏は、フェイスシールドの効果を検証する実験も行った。
既に述べた通り、フェイスシールドはマスクに代わる防護具として広まり、飲食店、バー、美容院などで使われるようになった。
バイエルンのラジオ合唱団もロックダウン解除後の練習でフェイスシールドを着用。息苦しさを感じずに歌うことができたという。
フェイスシールドは手作りできる。「バインダーカバー」「空のペットボトル」「その他透明のプラスチック製品」などを活用した製作方法は、YouTubeなどで簡単にチェック可能だ。
また、Apple、ナイキ、フォード自動車などの生産ラインなどでも製造されている。スポーツブランドのオークリーは、NFLプレーヤー用のフェイスシールドを設計中である。
イギリス政府やアメリカの一部の州では、第三者と接する機会の多い美容院、理髪店、タトゥー店、スタジオカメラマンなどのに対し、フェイスシールドの着用を推奨している。
シンガポール政府も同様のアドバイスを行っている。また、オーストラリアの一部の州では、「公共の場でのマスク着用をフェイスシールドで代用できる」ことにした。
エアロゾル液滴
フェイスシールドはエアロゾル液滴の拡散を防ぐことができるのか。
実験を終えたエヒタナヒ氏は、次のように述べた。
「ほぼすべてのエアロゾルがフェイスシールドの側面に集まり、何も着用していない状態と同じ距離に到達した。つまり、それはマスクのように唾の放出を防いでくれない。誰かと向かい合って話をする時に、フェイスシールドだけを着用しても意味はない」
この実験結果はまだ正式に公表されていない。なお、エヒタナヒ氏は、フェイスシールドのみに頼った感染予防対策では意味がないと警告できる、と前向きにとらえている。
アメリカ疾病予防管理センター(CDC)は、エヒタナヒ氏とニースバーグ氏の研究に同意している。
CDCは、マスクの代用品として使用することを推奨していない。
スイス保健当局はグラウビュンデン州のホテルで発生したクラスターを調査した際、感染者はいずれもフェイスシールドのみを着用していたと公表。マスクの代わりにそれを着用しないよう警告した。
ウイルスを含むエアロゾル液滴の飛散テストはほとんど行われておらず、不明な点が多い。
ウェストバージニア州モーガンタウンの米国国立安全衛生研究所が実施したテストによると、フェイスシールドは大きな飛沫の96%をブロックしたことが分かった。一方、問題を引き起こす小さな飛沫は68%しかブロックできなかったという。
フェイスシールドは一定数の飛沫、特に大きな唾は確実にブロックしてくれるはずだ。しかし、オペラ歌手のカースティン・ローゼンフェルト氏が大気中に放出したエアロゾル液滴を見れば、問題アリだということは一目瞭然である。
大きな唾は地面に落下する。一方、小さな唾、目に見えない微小液滴は、空気中に数分間、場合によっては数時間フワフワと浮遊する。なお、換気のよい部屋であれば、空中にとどまる時間ははるかに短くなると考えられている。
コロナウイルスに汚染されたエアロゾル液滴が建物の換気システムを通過し、感染が広まったという事例もいくつか報告されており、シンガポールの病院で発生した事例は研究者たちに衝撃を与えた。
ウイルスに汚染されたエアロゾル液滴が大気中に放出された時、フェイスシールドは恐らくあなたを守ってくれない。
ただし、エアロゾル液滴がCOVID-19ウイルスをどれだけ運べるかは、まだハッキリ分かっていない。
ほとんどの研究者およびエヒタナヒ氏とニースバーグ氏は、「フェイスシールドとマスクを併用することが最善策」と断言する。
どれだけ優れたマスクでも、エアロゾル液滴の空気中への放出を100%防ぐことはできない。しかし、大気中に放出された微量な唾をフェイスシールドが「第二の壁」として抑えてくれれば、最高である。
ワシントン州マウントバーノンで合唱練習を行ったスカジット・バレー・コラールの団員たちは、コロナウイルスに汚染されたエアロゾル液滴を吸い込んだ。結果、団員61名中53人が感染、2名の命を奪った。
マウントバーノンの事例では、リハーサルの数日前に「風邪のような症状」を示した団員のひとりがメンバーにウイルスを拡散したと考えられている。
ローゼンフェルト氏を含む世界中の歌手たちが、大観衆の前で再び歌える日を待っている。
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