スモッグ
北マケドニア、首都スコピエ。市内の空気は汚染されているため、呼吸器疾患を持つ人々は坂を上って高台を目指し、若者たちは移住を夢見る。
シンプルなアプリが欧州一汚染された都市でスモッグに対処すべく動き始めていた。
「私たちは濁った大気を自分の目で見ることができるため、大気汚染問題の存在を常に意識している。冬になると空気がひどく匂う。勉強中に寝室の窓を開けると窒息しそうになる。犬を散歩に連れて行くと、身体中に匂いが染みつくため、着替えなければいけない」とスコピエの住人、コスタ・バルソフ氏は言う。
今年16歳になったバルソフ氏は、「AirCare」と呼ばれるアプリを毎朝開き、周囲の大気汚染レベルを測定している。同氏の自宅の近くには2つのセンサーが取り付けられており、アプリ上で緑色のサークルが表示されれば空気は良好。黄色は注意しなければいけないものの、EUの定める基準値以下。赤または黒赤は汚染、身体に害を及ぼすレベルと判断できるのである。
このアプリはどこの空気が汚染し、どれほど酷いレベルにあるかを正確に知ることができるため、バルソフ氏だけでなく、スコピエの住人にとって必要不可欠なツールだという。そして、アプリが普及したことで、大気汚染に対する意識と関心が高まった。
北マケドニアの首都スコピエは、ヨーロッパで最も汚染された都市のトップに君臨する。また、世界の汚染都市リストの中でも上位を占める、という不名誉な記録を持つ。
2018年、スコピエ市内の「PM10(粒子状物質)」濃度がEUの制限値を超えた回数は、合計202日(回)を記録した。
EUの基準値/規定値を超えると汚染認定 | |
PM10 | 24時間平均 50μg/㎥(超過は年35回まで) 年平均 40μg/㎥ |
PM2.5 | 年平均 25μg/㎥ |
世界保健機関(WHO)は、北マケドニアで生活する約4,000人が毎年大気汚染の影響で死亡し、それに伴うスコピエの経済損失は1.47億ユーロ~5.7億ユーロ(約180億円~700億円)と試算している。
春、屋外に出ると車の排気ガス、木を燃やした煙、そしてなんとも言えない混合物の燃えた匂いがし、喉がイガイガする。バルソフ氏によると、大気汚染は日常生活に大きな影響を与えるため、同級生や友人たちの多くが留学や海外での生活を夢見るという。
「大気(空気)が臭く、そして汚染されているから」、という理由だけで母国を離れるのは辛く、悲しい。2017年、世界銀行(WB)は高等教育を終えた北マケドニアの卒業生の3分の1が海外で生活していると推定した。
大気を汚染する行為や施設と言えば排気ガス、石炭発電所、森林火災などが有名だ。そして、それらに共通する主要因が貧困である。
北マケドニアの平均月給は約250ユーロ(約30,000円)とかなり低く、高価な暖房やエアコンは富裕層と呼ばれるごく一部の人しか購入できない。よって、その他の人々は木材、バイオマス燃料ペレット、場合によってはプラスチックを燃やし、家を暖めるのである。
また、先進国では当たり前の公共交通機関も限られており、移動手段は車が基本である。さらに、EUの排出基準を満たさない古く安い車が大量輸入され、人気を博している。
安価な石炭を利用する石炭火力発電所や工場が排出するスモッグは、1960年代のアメリカや日本を連想させる。環境には一切配慮せず、低コストで石炭などを再現なく燃やし、大気中に二酸化炭素と煙を放出し続けるのだ。
スコピエの空気が最も汚染される時期は冬である。地形、大気温度などの影響で、谷間に暖かい空気の層が形成され、くぼ地の中に冷たい空気を閉じ込めてしまう。結果、くぼ地で生成されたスモッグは行き場を失い、その場に留まる。
AirCare
スコピエの住人たちは、自分たちの街の空気がどれほど汚染されているかをほとんど認識していなかった。しかし、北マケドニアのエコ活動家、ゴージャン・ジョバノブスキ氏が2015年にAirCareを開発したことで、住人たちの意識は変わった。
ジョバノブスキ氏はBBCの取材に対し、「私はスコピエが汚染されていることは知っていたが、どれほど酷いかまでは理解していなかった。しかし、アプリを作るために政府のウェブサイトなどから情報を集め、AirCareを作った時、数値が高すぎることに衝撃を受けた。最初はセンサーが故障していると思ったが、間違いではなかった」と述べた。
AirCareを公開した直後は技術的なトラブルなどに見舞われ、大変苦労したという。そして、想像以上に多くのユーザーがアプリをダウンロードした。皆、スコピエの大気汚染に興味を持っていたということだろう。
大気はよどみ、イヤな臭いが鼻をつく。秋から春先にかけて、多くの子供が気管支炎の症状を訴え、病院に足を運ぶ。子供たちは外で遊びまわり、汚れた空気を大量に吸い込んでしまうため、と専門家は指摘する。
イーライ・ペシェバ氏は、スコピエの中で最も汚染された地域と言われるNovo Lisice(くぼ地の最内陸部、空気が停滞しやすい)の近くに住んでいた。
ペシェバ氏はBBCの取材に対し、「私の体調に問題はない。しかし、夫と二人の娘はアレルギーや呼吸器関連の疾患に苦しめられてきた」と述べた。
数年前、一家はNovo Lisiceから離れ、高台の地域の移住した。そこはよどんだ空気が滞留しにくいエリアだったため、ペシェバ氏は「まるで違う世界に来たような感覚」と表現した。
スコピエ市総合病院の小児科で働くミミ・キモフスカ・フリストバ氏は、有毒な空気が子供たちに及ぼす影響を見てきた。大気汚染は気道の保護組織にダメージを与え、ウイルスや細菌に対する免疫機能の低下、喘息などを引き起こす。
「子供の気道は大人よりはるかに狭く、粒子状物質がつまりやすい。気管支炎症状を訴える子供たちが増えるのは、秋から春の初め頃の間。皆、喉がイガイガする、息苦しいと言い、辛そうに呼吸する。ただし、子供は大人に比べると回復速度が圧倒的に早く、空気のキレイな環境に移住できれば、症状は劇的に改善するだろう」と述べた。
環境保護を訴える活動家たちは、AirCareのようなアプリや各種測定器で汚染原因を突き止めてきた。スコピエでは、家を暖める暖房に長い間非難が集中していた。
冬の大気汚染原因については既に述べた通りである。しかし、夏になっても汚染はかなり高いレベルを維持していることから、暖房方法だけに責任を押し付けるべきではない、という意見も多い。
スコピエで最高レベルのPM10を測定する地点は工業地帯周辺、煙をモクモクと噴出する工場の近くである。
EUと国連に関する研究の共同執筆者であるオリベーラ・カジャンドジック氏はBBCの取材に対し、「私たちが大気汚染の状況や正確な要因を知るためには、煙を排出する工場内にセンサーを設置できるか否かに左右される。そして、これまでのところ、工場と企業は私たちと一緒に戦うつもりはない」と述べた。
北マケドニアの環境保護省のミハイル・クチュボフスキー氏は、「企業はEUメンバーシップに所属する一環として、二酸化炭素などの環境汚染物質排出を制限し、EUに環境許可を得なければならない」と述べた。
これに対し、国際連合環境計画(UNEP)2019年の筆頭執筆者を務めるマッジャー・コーロービック・ドゥル氏は、企業の策定する排出規制目標に強制力がほしいと述べ、「スコピエだけでなく、世界中の多くの企業が二酸化炭素などの汚染物質排出量を適切に報告していない」と指摘した。
スコピエに求められているソリューションは、より優れた公共交通機関、自動車を減らす何らかの措置(歩行者専用道の整備や、自転車の普及など)、石炭火力よりはるかにエコな太陽光、風力発電などの採用などだろう。
解決策(対応策)は世界各地で実行されており、他国の動きをチェックし、政府と地方自治体が主体となって、できることからひとつずつクリアしていかねばならないだろう。
2019年の冬、ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボとセルビア共和国の首都ベオグラードがスコピエの大気汚染を数日上回った。現在、この両都市にもAirCareのセンサーを設置すべく、準備が進められているという。
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