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ブラジルにおけるアマゾン保全の現状、課題山積

持続可能な転換には、先住民族の権利保障、経済インセンティブの再設計、国際連携と国内ガバナンスの強化が不可欠である。
2022年10月28日/ブラジルの熱帯雨林(Bruno Kelly/ロイター通信)

ブラジルのアマゾン地域は生物多様性や気候調節にとって世界的に重要な地域であり続けているが、近年のデータは複雑な状況を示している。衛星観測に基づく公式・民間の監視データは、近年の年ごとの「純粋な森林喪失(デフォレスタシオン)」がいったん減少傾向を示した年もある一方で、森林の劣化(部分的な破壊や火災による損失)が激増していることを示している。たとえば、民間研究機関Imazonは2024年の森林劣化が過去15年で最大レベルに達したと報告しており、同年のアマゾンにおけるクリアリング(完全な伐採)はやや減少したものの、劣化面積の急増が深刻な問題であると指摘している。

森林破壊の動向

1988年以降の衛星データで見ると、ブラジルのアマゾンにおける森林喪失は地域ごと・年ごとに変動が大きい。2019年以降は一時的に悪化し、2021年には15年ぶりの高水準に達したとする分析があるが、その後の2023年・2024年には一部の公式データで減少傾向が示されている。しかし「減少」が意味するのは必ずしも保全の成功ではない。マップバイオマス(MapBiomas)などの統合データは、2023年までの長期的な自然植生の損失が累積していること、かつ2024年に火災や劣化で大規模な損失が生じたことを報告している。世界資源研究所(WRI)のGlobal Forest Watchも2024年に火災による損失が急増したと分析しており、火災が森林損失の重要な要因になっている。

ボルソナロ政権下(2019年〜2022年)

ボルソナロ政権(2019–2022)は「開発優先」の立場を明確にし、環境監督機関の権限削減や予算縮小、先住民族保護の緩和傾向が指摘された。これに伴い、監視・執行の実効性が低下し、違法伐採や不法な土地の開発が増加したとの指摘が国内外から出た。複数の分析は、2019年以降の数年間でデフォレスタシオンが増加し、農地拡大や畜産のための土地転用が主要なドライバーになったと評価している。国際的にはブラジルの森林保全姿勢への懸念が高まり、欧州や米国の一部企業・政府による圧力が強まった。

ルラ政権下(2023年〜)

ルラ政権(2023年再任)では、環境保護の強化と違法行為の取り締まり再開が政策の柱になっている。政府は衛星監視の活用や環境機関(Ibamaなど)の執行強化、森林火災対策のための消火部隊派遣などの措置を実施した。公的発表や各種レポートでは、2023–2024年にかけて年次単位では明確な森林減少の改善が示された年があり、政府系発表も一部で「デフォレスタシオンの低下」を強調している。ただし、2024年に発生した大規模な火災や2025年初頭の一部指標の悪化は、依然として脆弱な状況を示している。したがって、ルラ政権の取り組みは一部の改善をもたらしているが、構造的なドライバーの解消には至っていない。

開発と保全の現状

アマゾンにおける開発は多層的で、大規模農業(大豆)、牛肉生産(牧畜)、鉱業、インフラ(道路、ダム)、都市化が並行して進行している。これらの経済活動は雇用や地域経済の成長を生む一方で、土地利用変化による生態系サービスの損失や温室効果ガスの放出を招いている。保全側は国家公園、保護区、先住民族保留地(Terras Indígenas)などを通じて森林を守っているが、保護区への侵入や違法な土地利用が続き、実効的な保護は資金・監視能力・司法制度の整備に依存している。2024年には一部でデフォレスタシオンが減少したが、森林劣化と火災の増加は相殺要因となっている。

持続不可能な経済モデル

アマゾン地域の経済モデルはしばしば「短期的な土地転用」と「出口指向の資源抽出(牛肉、大豆、木材、鉱物)」に依存している。これらは初期の収益をもたらすが、土壌劣化、水循環の変化、生物多様性損失という形で長期的コストを生む。学術研究や政策報告は、現在の土地利用パターンが地域の水循環(蒸散)を弱め、気候変動との相互作用で干ばつや火災リスクを高めることを警告している。経済的には、短期的利益は中央集権的・輸出指向のサプライチェーンに集中し、地域住民や先住民族への持続可能な還元が限定的である。これにより「持続不可能な経済モデル」が温存されやすい構造になっている。

違法伐採とその取り締まり

違法伐採はアマゾンの主要問題であり、違法に開墾された牧草地や農地、違法伐採で得た木材のサプライチェーンが国内外の市場に流れることがある。政府機関Ibamaや検察、環境監視システム(INPEのDETER/PRODES)による摘発は行われているが、判決や賠償、土地返還までには時間がかかる。Imazonや他の調査では、起訴や有罪判決が増えているものの、実際に賠償金や土地回復が完了する割合は限定的であると報告されている。2023年末時点での訴訟件数や判決の統計は、摘発の増加と実務上の回収率の低さを示している。企業側でも、食肉・大豆サプライチェーンの監視と追跡を強化する動きがあり、違法土地由来の原料を排除するための取り組みが進んでいるが、完全な透明化には至っていない。

保護と監視

ブラジルでは国家レベルの衛星監視(INPEのPRODES・DETER)や、民間・NGOによる監視(MapBiomas、Imazon、Global Forest Watch等)が保全の中核になっている。これらのツールはリアルタイムに近い差分検出や長期トレンド分析を可能にし、違法行為の早期発見に寄与している。ルラ政権は衛星データの活用や消火隊派遣などを行い、外国援助や国際的な資金(条件付きの保全資金)と組み合わせることによって監視・執行能力を強化している。ただし、監視データの存在だけでは違法行為を抑止するに十分ではなく、法執行、判決・罰金の実効化、地域コミュニティと連携した地上パトロールが必要である。

バイオエコノミーの可能性

アマゾンには非木材林産物、薬用植物、持続可能な観光、カーボンクレジットなどを含む「バイオエコノミー」の大きな潜在力がある。学術・政策分野では、森林を保存しながら生物資源に基づく価値創造を行うことで、地域経済の持続可能化が可能だとされる。国際的な排出削減や炭素市場、国際的支援資金を活用することで、森林保全に対する持続的な資金流入を作る試みが進んでいる。しかし、バイオエコノミーが実効性を持つためには、先住民族や地域コミュニティの権利尊重、フェアな利益配分、技術的支援、市場アクセスの確保が不可欠である。投資の透明性とガバナンスの強化も重要である。

先住民族の役割

先住民族(Terras Indígenas)はアマゾン保全の重要なアクターであり、多くの研究が先住民の管理下にある地域が高い保全効果を示すことを明らかにしている。先住民族は伝統的知識に基づく資源管理、違法侵入の現場からの監視、火入れ管理や生態系の回復に関与している。政策的には、先住民族の土地権(法的認定)や自治権の保護が保全の鍵になる。ボルソナロ政権期には先住民権利の後退懸念があったが、ルラ政権は先住民族との協働や土地権利の強化を表明している。しかし、実務面では認定手続きの遅延や現地での圧力が続いており、先住民族の保全能力を最大化するための更なる支援が必要である。

国際連携

アマゾン保全は国際的関心事であり、EU、米国、ノルウェー、ドイツなどは財政支援や技術協力、貿易条件を通じて影響を与えている。国際資金は条件付きでの支払い(結果に基づく支援)や技術移転、監視支援に使われることが多い。民間セクターもサプライチェーンの脱森林化コミットメントを通じて影響力を持つ。ただし、国際連携は主権・内政問題と表裏一体であり、ブラジル国内での政治的合意や透明性がなければ効果は限定的になる。2024年以降は国際的圧力と協調の両面が続いており、条件付き資金や企業の市場アクセス制限が実務的なインセンティブになっている。

問題点
  1. 違法行為の根絶が進まない:摘発は増えても刑罰・賠償・土地復元までの実効性が低い。

  2. 農業・畜産の拡大圧力:国際需要と国内の利益誘導で土地転用が続く。

  3. 気候変動と干ばつ:乾燥化と火災リスクが増し、回復力が低下している。

  4. 社会的・経済的代替手段の不足:地域住民や先住民にとって森林保全が即時の現金収入に結びつきにくい。

  5. 政策の一貫性とガバナンス:政権交代で方針が大きく揺れ、長期戦略が不安定になる。

課題

・執行力の強化:衛星監視のデータを司法・執行につなげる法的・運用的メカニズムを整備する必要がある。
・経済インセンティブの転換:違法伐採や焼畑よりも持続可能な収入源(バイオエコノミー、支払型生態系サービス、法的炭素クレジット等)を実行可能にする市場・制度を作る必要がある。
・先住民族・地域コミュニティの権利保障:土地認定・管理権限と資金支援を迅速化する。
・気候適応と火災管理:気候変動に対する適応策と火災予防・消火能力の強化が必要である。
・サプライチェーンの透明化:食肉や大豆など主要商品の出所を追跡し、違法土地由来の排除を徹底する。

今後の展望

短期的には、ルラ政権の強化策によってデフォレスタシオンがさらに抑制される可能性がある。ただし、気候変動による火災や干ばつ、国際市場の価格変動、国内政治の不確実性が再び圧力となるリスクが残る。中長期的には次のようなシナリオが考えられる。

  1. 政策と執行が強化され、バイオエコノミーや炭素市場の資金を活用して地域経済が転換するシナリオ。これには先住民参加、法的整備、国際資金が不可欠である。

  2. 短期的利益優先の開発が継続し、生態系サービスの崩壊や火災増加が連鎖的に進行するシナリオ。これは気候・生物多様性両面で世界的な損失につながる。
    現実的には両者の中間に落ち着く公算が高いが、国際的な資金支援、企業のサプライチェーン管理、国内の司法・監視能力の向上が進めば、保全側の成功確率は高まる。一方、干ばつや異常気象が頻発する中で迅速な対応が取れなければ、回復不能な損失が発生する危険もある。

要点の整理
  1. アマゾンの現状は「年次デフォレスタシオンの一時的な改善」と「森林劣化・火災の深刻化」が同時進行している複雑な状態である。

  2. ボルソナロ政権下での緩和的政策は2019–2022年の悪化を招いたとされ、ルラ政権は監視・執行の強化で一部改善をもたらしているが構造的問題は残る。

  3. 持続可能な転換には、先住民族の権利保障、経済インセンティブの再設計、国際連携と国内ガバナンスの強化が不可欠である。

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