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ロシアの核ドクトリン、全文と分析、総合評価

2022年12月20日/ロシア、首都モスクワ、プーチン大統領(Mikhail Metzel/Pool/AP通信)

ロシア連邦 核抑止に関する国家政策の基本原則

(2024年11月19日 大統領令第991号承認文書


I. 総則
  1. 本基本原則は、防衛保障のための戦略的計画文書であり、核抑止の本質に関する公式見解、核抑止が中和すべき軍事的危険・脅威、核抑止の原則ならびにロシア連邦が核兵器の使用に移行する条件を規定する。

  2. ロシア連邦および/またはその同盟国に対する侵略から潜在的敵を確実に抑止することは国家の最重要優先事項のひとつである。抑止は核兵器を含むロシア連邦の全軍事力によって確保される。

  3. ロシア連邦の核抑止政策(以下「核抑止政策」)とは、政治的、軍事的、軍事技術的、外交的、経済的、情報的およびその他の手段を統合し、核抑止の力・手段に依拠して侵略を阻止するための一連の措置である。

  4. 核抑止政策は防御的性格を有し、核戦力を核抑止を確保するに足る水準で維持することを目的としている。これにより国家主権と領土保全が守られ、かつロシア連邦および/または同盟国に対する潜在的敵の侵略が抑止される。さらに軍事紛争が生じた場合には軍事行動のエスカレーションを防ぎ、ロシア連邦および/またはその同盟国にとって受け入れ可能な条件で紛争を終結させることを目的とする。

  5. ロシア連邦は核兵器を抑止の手段としてのみ位置付け、その使用は最後の手段かつ必要不可欠な措置とみなす。また核の脅威を低減し、軍事的紛争(核紛争を含む)を誘発するような国際関係の悪化を防ぐために必要なあらゆる努力を行う。

  6. 本基本原則の法的基盤は、ロシア連邦憲法、国際法の一般的原則と規範、ロシア連邦の国際条約、連邦憲法法・連邦法および防衛・安全保障を規律するその他の規範法令で構成される。

  7. 本基本原則の規定は核抑止の遂行に関与するすべての連邦政府機関・組織にとって拘束力を有する。

  8. 本基本原則は防衛保障に影響を与える外的・内的要因に応じて修正され得る。


II. 核抑止の本質
  1. ロシア連邦が核抑止を行う対象の「潜在的敵」とは、ロシア連邦を潜在的敵と見なし、核兵器やその他の大量破壊兵器、あるいは一般兵力による重大な戦闘能力を保有する個別国家および軍事連合体を指す。また、侵略行為を計画・実行するために領土・空域・海域を提供する国家もこれに含まれる。

  2. 軍事連合(ブロック)に属する国家によるロシア連邦および/またはその同盟国への侵略は、その連合体全体による侵略とみなされる。

  3. 非核国が核保有国の関与・支援を受けてロシア連邦および/またはその同盟国に侵略を行う場合、それは共同攻撃とみなされる。

  4. 核抑止は、潜在的敵に対して侵略を行った場合の報復が避けられないことを理解させるために実施される。

  5. 核抑止は、ロシア連邦軍があらゆる状況で潜在的敵に許容できない損害を確実に与える能力を有する戦闘準備完了部隊と手段、ならびにそれらを使用する準備性と決意によって確保される。

  6. 核抑止は平時、直接的な侵略の脅威期、戦時に至るまで継続して実施され、核兵器の使用開始まで継続する。

  7. 核抑止が中和すべき主な軍事的危険には次が含まれる:

  • 潜在的敵による核兵器やその他大量破壊兵器の保有およびその運搬手段。

  • ミサイル防衛・巡航・弾道ミサイル、高精度非核兵器・極超音速兵器・攻撃ドローン・指向性エネルギー兵器の保有・配備。

  • 国境付近や周辺海域における敵の一般兵力の増強。

  • 敵によるミサイル防衛・対衛星戦能力や宇宙での攻撃システムの配備。

  • 非核国領土への核兵器およびその運搬手段の配備。

  • 軍事同盟の新設・拡大による軍事インフラの域内接近。

  • 敵による重要輸送・通信路の遮断を含む領域分断行為。

  • 敵による環境危機を招く可能性のある施設への攻撃。

  • 国境付近での大規模軍事演習。

  • 大量破壊兵器・技術の制御不能な拡散。

  1. 核抑止の原則は以下の通りである:
    a) 核抑止のための活動の継続性、
    b) 軍事的危険・脅威に対する適応性、
    c) 潜在的敵に対する規模・時期・場所の不確定性、
    d) 核抑止に関与する政府機関・組織活動の統制の集中化、
    e) 核抑止力の構造と構成の合理性と任務遂行に十分な水準での維持、
    f) 核抑止力の一部の常時戦闘準備維持、
    g) 核兵器使用の指揮集中制。

  2. ロシア連邦の核抑止力は、陸上・海上・空中の核戦力で構成される。


III. 核兵器使用への移行条件
  1. ロシア連邦は、以下の場合に核兵器の使用権を留保する:ロシア連邦および/またはその同盟国に対して核兵器やその他の大量破壊兵器が使用された場合、またはロシア連邦および/またはベラルーシ(連合国家の一員)に対する侵略がその主権および/または領土保全に重大な脅威をもたらす場合。

  2. 核兵器使用が可能となる具体的状況は次の通りである:
    a) ロシア連邦および/または同盟国領土に対する弾道ミサイル攻撃の信頼できる情報の受領、
    b) 敵による核兵器・その他大量破壊兵器の使用、
    c) 敵による重要政府・軍事施設への攻撃で、これが核戦力の反応能力を損なう場合、
    d) ロシア連邦および/またはベラルーシに対する深刻な脅威を伴う通常兵器による侵略、
    e) 戦略・戦術機、巡航ミサイル、無人機、極超音速機などの大量発射に関する信頼できる情報の受領。

  3. 核兵器使用の決定はロシア連邦大統領が行う。

  4. 大統領は必要に応じて他国の軍事政治指導部や国際機関に対し、ロシアが核兵器を使用する意思または決定を知らせることができる。


IV. 実施上の任務と責任
  1. ロシア連邦大統領は核抑止政策全般の監督および遂行に責任を負う。

  2. ロシア連邦政府は核抑止能力の維持・発展に向けた経済政策を実施するとともに、外交政策・情報政策を策定・遂行する。

  3. ロシア安全保障会議は核抑止政策に関する軍事政策の基本方針を決定し、関与する連邦機関・組織の活動を調整・統合する。

  4. 国防省はロシア連邦軍参謀本部を通じて核抑止に関する軍事的計画・組織・実行を直接担当する。

  5. その他の連邦政府機関・組織は各自の権限に基づき核抑止政策の遂行に関与する。


以下は、ロシア連邦「核抑止に関する国家政策の基本原則」について、指定された特定項目を中心にしたポイント解説付き要約である


1. 文書全体の位置づけ(前提整理)

本文書は、

  • ロシア連邦が核兵器をどのような目的・論理で保持・運用するか

  • どのような状況で核兵器使用に移行し得るか
    を公式に示した戦略計画文書である。

重要な前提として、ロシアは一貫して

  • 核兵器を「抑止の手段」と位置づけ

  • 使用は「最後の手段(極端かつ不可避な措置)」
    としている点を強調している。


2. 潜在的敵の定義(ポイント解説)

原則的定義

「潜在的敵」とは次のように定義される。

  • ロシア連邦を敵とみなし

  • 核兵器、その他の大量破壊兵器、または大規模な通常戦力を保有し

  • ロシア連邦および/またはその同盟国に対する侵略を計画・準備・実行し得る国家または軍事連合

重要な拡張解釈

本文書の特徴は、以下を明確に潜在的敵に含めている点にある。

  • 軍事連合(同盟)に属する国の一部による侵略
    連合全体による侵略とみなす

  • 非核国であっても

    • 核保有国の支援・関与の下で侵略を行う場合
      共同攻撃とみなす

  • 他国が自国の領土・空域・海域を

    • ロシアへの攻撃拠点として提供した場合
      間接的加担国として対象に含める

解説ポイント

これは、

  • NATOのような集団防衛体制

  • 非核国による代理戦争的行動
    抑止対象として明示的に組み込んだ定義であり、抑止範囲を国家単体に限定していない点が特徴である。


3. 核抑止の目的と考え方(要約)

核抑止の本質的目的は次の一点に集約される。

潜在的敵に対し、侵略を行えば「許容できない損害」と「不可避の報復」が生じることを理解させること

このためにロシアは、

  • 常時使用可能な核戦力の保持

  • 使用に関する政治的決意の明示

  • 平時から戦時に至るまでの継続的抑止態勢

を核抑止の基盤としている。


4. 軍事的危険・脅威のリスト(整理と解説)

本文書が列挙する「核抑止で中和すべき主な軍事的危険」は多岐にわたるが、以下のカテゴリに整理できる。

① 核・大量破壊兵器関連
  • 核兵器やその他大量破壊兵器の保有・配備

  • それらの運搬手段(弾道・巡航ミサイル等)の拡散

  • 非核国領土への核兵器配備

▶ 解説
核兵器そのものだけでなく、「核共有」や拡散の動きも強く警戒している。


② 高度通常兵器・新技術兵器
  • ミサイル防衛システム

  • 高精度通常兵器

  • 極超音速兵器

  • 無人攻撃機(ドローン)

  • 指向性エネルギー兵器

▶ 解説
「非核兵器であっても戦略的影響を持つ兵器」を核抑止の対象に含めており、通常戦力と核戦力の境界が曖昧になっている認識が示されている。


③ 軍事インフラと軍事行動
  • 国境付近での大規模兵力集中や演習

  • 軍事同盟の拡大とインフラ接近

  • 重要輸送路・通信路の遮断

  • 国家・軍事指導機能に関わる施設への攻撃

▶ 解説
直接攻撃だけでなく、「戦略環境の悪化」そのものを脅威として位置づけている。


④ 宇宙・新領域
  • 宇宙空間への攻撃・防衛システム配備

  • 対衛星能力の保有・運用

▶ 解説
宇宙領域を核抑止と結びつけて明記している点は比較的新しい特徴である。


5. 核兵器使用への移行条件(核心部分の解説)

基本原則

ロシアは以下の場合に核兵器使用の権利を留保する。

  1. ロシア連邦または同盟国に対する
    核兵器・大量破壊兵器の使用

  2. 核戦力の反応能力を損なう
    重要国家・軍事施設への攻撃

  3. 通常兵器による侵略であっても
    国家の存立そのものが脅かされる場合

具体化された条件(特徴的点)

特に注目されるのは、

  • 弾道ミサイル攻撃に関する「信頼できる情報」を受領した段階

  • 大規模な航空機・巡航ミサイル・無人機等の一斉発射に関する情報

といった、実際の着弾前段階でも条件に含めている点である。

解説ポイント

これは

  • 先制的核使用を公言するものではないが

  • 「発射の兆候」段階での使用可能性を排除していない
    という、強い警告的抑止メッセージとなっている。


6. 意思決定構造(簡潔まとめ)
  • 核兵器使用の最終決定権:ロシア連邦大統領

  • 抑止政策の統括:大統領・安全保障会議

  • 軍事的実行:国防省・参謀本部

  • 外交・経済・情報面:政府および関係機関

▶ 解説
核使用に関する権限は高度に中央集権化されている。


7. 総合評価(要点)

この文書の本質は次の三点に集約できる。

  1. 核兵器は防御的抑止手段であると強調

  2. ただし抑止対象と条件は広く、曖昧さを残す

  3. その曖昧さ自体を抑止力として活用する設計


以下は、①他国(米国・NATO・中国)との核ドクトリン比較、②2020年版との変更点整理、③国際法・抑止理論の観点からの評価を体系的にまとめた分析である。


Ⅰ.他国(米国・NATO・中国)との核ドクトリン比較

1.比較の前提軸

比較は次の観点で行う。

  • 核兵器の位置づけ

  • 使用条件の明確性/曖昧性

  • 非核攻撃への対応範囲

  • 集団防衛との関係

  • 抑止の性格(防御・強制・威嚇)


2.ロシア・米国・NATO・中国の対照表(要点)
観点ロシア米国NATO中国
核の基本位置づけ抑止の手段、最終手段抑止の基盤、安全保障の柱同盟防衛の究極的保証国家存立防衛の最終手段
非核攻撃への核使用国家存立を脅かせば可「極端な状況」で可明示せず(米国に依存)原則不可
使用条件の明示性比較的具体的意図的に曖昧戦略的曖昧明確(不使用原則)
先制不使用明示せず明示せず明示せず明確に宣言
集団防衛同盟国含む同盟国含む核共有を含む原則自国防衛のみ

3.ロシアと米国の比較(核心)

共通点

  • 核兵器を抑止の中心と位置づける

  • 使用条件に一定の戦略的曖昧さを残す

  • 非核攻撃でも「重大な影響」があれば核使用を排除しない

相違点

  • ロシアは国家存立への脅威を明確な判断基準にしている

  • 米国は「極端な状況(extreme circumstances)」と表現し、より政治判断に委ねる

▶ 評価
ロシアは条件列挙型、米国は概念提示型のドクトリンである。


4.ロシアとNATOの比較
  • NATOは独自の核ドクトリンを持たず、実質的に米国の核政策に依存

  • ただし「核共有」により非核国が核運用に関与

▶ ロシア側文書の特徴

  • 非核国であっても核保有国の支援下での攻撃を「共同攻撃」とみなす
    NATO核共有を明確に抑止対象化


5.ロシアと中国の比較

中国の特徴

  • 明確な「先制不使用(NFU)」宣言

  • 非核国への核不使用保証

  • 核戦力の役割を最小限抑止に限定

ロシアとの決定的差異

  • ロシアはNFUを採用せず

  • 通常戦力による国家存立危機を核使用条件に含める

▶ 評価
中国は規範重視型抑止、ロシアは状況対応型抑止である。


Ⅱ.2020年版との変更点の整理

1.全体評価

2024年改定版は、基本思想を維持しつつ、適用範囲と具体性を拡張した文書である。


2.主な変更点(整理)

① 使用条件の具体化

2020年版

  • 弾道ミサイル攻撃の情報

  • 国家存立を脅かす通常侵略

2024年版

  • 上記を維持しつつ

    • 大規模な航空機・巡航ミサイル・無人機・極超音速兵器の一斉使用に関する情報を明記

▶ 意味
核使用判断の「トリガー前段階」をより具体化。


② 潜在的敵の拡張解釈
  • 非核国+核保有国の支援=共同攻撃

  • 軍事連合による攻撃=連合全体の責任

▶ 2020年版では暗示的だった点を明文化。


③ 軍事的危険リストの拡張
  • 無人兵器

  • 指向性エネルギー兵器

  • 宇宙領域の軍事化

▶ 技術進展を反映したアップデート。


④ ベラルーシの明示的言及
  • 連合国家の一部として核使用条件に明記

▶ 地政学的現実を反映。


3.変更の総合評価
  • 「核使用のハードルを下げた」というより

  • 「抑止の警告文言を精密化した」改定


Ⅲ.国際法・抑止理論の観点からの評価

1.国際法との関係

(1) 核兵器そのものの合法性

  • 国際法上、核兵器は全面的に禁止されていない

  • ICJ(国際司法裁判所)1996年勧告的意見
    → 国家存立が脅かされる極限状況での使用については判断留保

▶ ロシアの「国家存立」基準は、この曖昧領域を意識した構成。


(2) 国連憲章との整合性

  • 自衛権(第51条)を根拠に核使用を位置づけ

  • 先制攻撃の明示的正当化はしていない

▶ 文言上は自衛権枠内に留めている。


2.抑止理論からの評価

(1) 古典的抑止理論

  • 「確実な報復能力」

  • 「合理的意思決定者」

  • 「相互確証破壊」

▶ ロシア文書はこれらを明確に踏襲。


(2) エスカレーション抑止

  • 通常戦力段階での侵略を核の影で抑止

  • 核使用の可能性を曖昧に保つことで、相手の計算を困難化

▶ 抑止のための曖昧性(deterrence by uncertainty)を重視。


(3) リスク

  • 誤認・誤警報時の判断圧力増大

  • 非核兵器の高度化による核閾値の不明確化

▶ 抑止安定性と危機安定性の緊張関係が拡大。


Ⅳ.結論
  1. ロシアの核ドクトリンは
    米国型の曖昧抑止と、中国型の規範抑止の中間に位置する。

  2. 2024年改定は思想転換ではなく、
    警告対象と条件の精緻化である。

  3. 国際法上は自衛権の枠内に構成されているが、
    抑止理論上は危機時の誤算リスクを内包する。


Ⅰ.NATO核共有の法的評価

1.NATO核共有の概要(前提)

NATO核共有とは、

  • 米国が核兵器の所有権と最終使用権を保持したまま

  • 非核兵器国(ドイツ、イタリア、ベルギー等)に核爆弾を配備し

  • 平時は米軍が管理、戦時には当該国の航空機が投下任務を担う
    という体制である。


2.核不拡散条約(NPT)との関係

(1) 問題となる条文

  • 第1条:核兵器国は核兵器の管理・支配を移転してはならない

  • 第2条:非核兵器国は核兵器を受領・管理してはならない

(2) NATO側の公式解釈

  • 平時において核兵器の所有・管理・最終使用決定は米国に留保

  • 戦時(NPT体制が実質的に無効化される状況)に初めて運用移行

  • よって平時の核共有はNPT違反ではないと主張

(3) 批判的評価

  • 戦時を想定した事前訓練・準備が
    実質的な管理移転に近い

  • NPTの趣旨(核拡散防止)に反するとの批判が根強い

▶ 評価
形式的合法性は主張可能だが、実質的にはグレーゾーンであり、国際法上の明確な合意は存在しない。


3.ロシアの核ドクトリンとの関係

ロシアは、

  • 非核国が核兵器使用に関与する体制を
    → 「核保有国の関与を伴う共同攻撃」と位置づけ

  • NATO核共有を抑止対象として明示的に含めている

▶ 法的評価と安全保障評価が乖離する典型例である。


Ⅱ.日本の安全保障との関係整理

1.日本の基本的立場
  • 憲法上:専守防衛

  • 国際約束:非核三原則

  • 実際の安全保障:米国の核抑止に依存(拡大抑止)

▶ 日本は核兵器を保有せず、使用にも関与しないが、抑止の恩恵を受ける立場にある。


2.NATO核共有との比較
観点日本NATO核共有国
核兵器配備なしあり
運搬手段への関与なしあり
使用訓練なしあり
法的立場明確な非核準核共有

▶ 日本は核共有より一段距離を置いた拡大抑止モデルである。


3.ロシア核ドクトリンとの関係

ロシア文書の論理では、

  • 核兵器の直接配備や使用関与がない限り
    → 日本は核使用の直接的対象とは位置づけにくい

  • ただし

    • 米軍基地の存在

    • ミサイル防衛・指揮通信拠点としての役割
      により、戦略的目標になり得る余地は残る。

▶ 日本の抑止上の課題は、
「核を持たずに、核戦略に組み込まれている」点にある。


4.政策的含意
  • NATO型核共有の導入は
    → 憲法・NPT・国内世論の面で極めて困難

  • 現実的選択肢は

    • 拡大抑止の信頼性強化

    • 通常戦力・ミサイル防衛・危機管理対話の充実


Ⅲ.「核の敷居低下」論争の学術的整理

1.論争の背景

近年の核ドクトリン(ロシア・米国)の特徴として、

  • 非核兵器による重大攻撃を核使用条件に含める傾向

  • 使用条件の前段階(兆候段階)を明示

これにより、核使用のハードルが下がったのではないかという議論が生じている。


2.「敷居低下」論の主張

主張内容

  • 核使用条件が拡張されている

  • 通常戦争と核戦争の境界が曖昧化

  • 誤認や誤算によるエスカレーションリスク増大

▶ 主に軍縮研究・人道法学者が支持。


3.反論(抑止安定性論)

反論内容

  • 使用条件の明確化は誤解防止

  • 曖昧な警告より、条件明示の方が抑止は安定

  • 実際の政治的コストは依然として極めて高い

▶ 戦略研究・リアリズム系学者が支持。


4.中間評価(現在の学術的整理)
  • 敷居が物理的に下がったとは断定できない

  • ただし

    • 通常兵器の高精度化

    • サイバー・宇宙領域の統合
      により、判断環境は複雑化している

▶ 問題は「使用意思」よりも
「危機時の意思決定圧力の増大」にある。


Ⅳ.まとめ

  1. NATO核共有は
    法的にはグレー、戦略的には強い抑止効果を持つが、緊張を拡大させる制度である。

  2. 日本は
    核共有を避けつつ拡大抑止に依存する特異な立場にあり、危機管理と対話の重要性が高い。

  3. 「核の敷居低下」論争の本質は
    核使用そのものより、通常戦争と核抑止の境界管理の難化にある。

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