スケープゴート
レバノン政府は、8月4日に発生した大規模な爆発に関する調査を開始。ベイルート港湾関係者の多くが自宅軟禁状態に置かれているとコメントした。
今回の大爆発により、これまでに135人の死亡が確認され、5,000人以上が負傷。8月5日から2週間の緊急事態体制に入った。
ミシェル・アウン大統領は国民に対し、「港湾エリアの倉庫に保管されていた硝酸アンモニウム2,750トンが今回の爆発をもたらした」と語った。
レバノン税関局長のバドリ・ダハー氏は記者団に対し、「我々はエリア内に保管されていた化学物質の除去を要求していた。しかし、要求は拒否された。判断は専門家に任せる」と述べた。
硝酸アンモニウムの主な用途は農業用肥料や爆発物など。
アウン大統領は8月5日に緊急閣僚会議を開いた際、「昨夜、ベイルートを被災都市に変えた恐怖を説明できる言葉はない」と冒頭に述べた。
イギリス、シェフィールド大学の専門家はBBCの取材に対し、「ベイルートを破壊した一撃は、歴史上最大規模の非核爆発のひとつだった。威力は広島に投下された原爆の1/10ほどだった、と推定される」と述べた。
レバノン政府および地元メディアの伝えるところによると、硝酸アンモニウムは2013年に投棄された船から搬出。その後、爆心地になった港湾エリアの倉庫で保管されていたという。
港湾当局と税関当局の責任者は司法当局に書簡を提出し、「港の安全を確保するために硝酸アンモニウムを輸出もしくは販売するよう求めていた」。
港湾当局のゼネラルマネジャーを務めるハッサン・コレイテム氏はOTVの取材に対し、「我々は投棄された化学物質が危険であると認識していた。しかし、裁判所(司法当局)はそれを倉庫に保管するよう命令した」と語った。
レバノン高等防衛評議会は、責任があると認められたありとあらゆる者が「最高の罰」を受けることになるだろう、とコメントしている。
ラウル・ニーム経済相はBBCの取材に対し、「安全を確保せずに化学物質を保管するなどあり得ず、港湾当局は責任を問われるだろう。また、投棄された物質の保管を命令した司法、政府にも責任があると思う」と述べた。
マナール・アブデルサマド情報相は、2014年6月以降、硝酸アンモニウム2,750トンの保管、警備、事務処理を担当した港湾職員全員に自宅軟禁が適用されると説明した。
BBCアラブのセバスチャン・アッシャー氏は政府が大慌てで犯人探しを進めていることに対し、「説明責任を果たすべく迅速かつ全力で行動している、とアピールしたいのだろう」と述べた。
またアッシャー氏は、「港湾当局が硝酸アンモニウムを保管していたことは事実。ただし、彼らはそれが危険であると認識したうえで、司法に処理を依頼している。政府は自分たちの過失、腐敗、自分の富ばかりに執着する与党幹部を保護するためのスケープゴートを探している。恐らく、国民は政府の発表に納得しないだろう」と付け加えた。
Shiparrested.comのレポートによると、硝酸アンモニウム2,750トンは、モルドバ共和国籍の船「Rhosus(ローサス)」の積み荷だったという。これは、ジョージアからモザンビーク共和国への航海中に技術的な問題が発生したことで、ベイルート港に入港した。
入港したRhosusは検査を受けたのち、港湾当局に移動を禁止され、硝酸アンモニウムの投棄が決定。いくつかの法的措置を引き起こし、安全上の理由から港湾エリアの倉庫で保管されることが決まった。
【関連トピック】
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救助活動
治安部隊は爆心地周辺の広いエリアを封鎖。救急隊員たちは、沿岸沖、倒壊した建物などで生存者を捜索している。関係者によると、数十名の所在が分かっていないという。
ハマド・ハッサン保健相は記者団に対し、「ベイルートの病院は混乱状態にある。病床、ICU、機器、ありとあらゆるものが不足しており、危篤状態の患者や数千名規模の負傷者たちが適切なケアを受けれずにいる」と述べた。
さらにハッサン保健相は、「子供たちが多数救出された。しかし、死者はさらに増える可能性が高い」と付け加えた。
爆心地近くのサンジョルジュ病院は酷く破損し、スタッフ数名が死亡した。世界保健機関(WHO)によると、ベイルートにある3つの病院が閉鎖され、他の2つの病院も部分的にしか機能していないという。
WHOはレバノンに医薬品を空輸すると発表した。
ベイルートのマーワン・アブード知事は、多くの建物がガラスと瓦礫に飲み込まれ、約30万人が住居を失ったと述べた。
現在、多くの国が人道支援に動いている。
フランス政府は救急隊員55名、医療機器、500名を治療できるモバイルクリニックを提供。エマニュエル・マクロン大統領は8月6日にレバノンを訪問する予定である。
EU各国、ロシア、チュニジア、トルコ、イラン、カタールが救援物資を送付済み。また、その他の国々も物資提供の準備を進めている。
今回の爆発は、レバノンを取り巻く様々な問題が解消できずにいる中で発生した。
コロナウイルス感染拡大により、同国の病院は既にパンク状態だった。今回の爆発で数千名の負傷者が発生し、医療関係者を圧倒している。
同国の経済は1975年~1990年の「レバノン内戦」以来、最悪の状態にある。政府に対する街頭デモが各地で頻発し、緊張状態は高まり続けていた。また、多くの国民が連日発生する停電に悩まされ、安全な飲料水を得ることすらできない状態にある。
同国の食糧品は輸入に依存している。今回、ベイルート港湾エリアに貯蔵されていた大量の穀物が被害を受けたことで、深刻な食糧不足の発生も懸念される。また、港自体が破壊されてしまったため、輸出入の早期再開も難しい。
アウン大統領は1,000億円リラ(約1兆7,000億円)の緊急基金を開放すると発表したが、経済へのダメージは長期化すると予想されており、さらなる予算措置が求められている。
爆心地は、ラフィーク・ハリーリー前首相が2005年に暗殺された現場のすぐ近くである。
ハリーリー前首相の暗殺に関与した4名の評決は8月7日にオランダ特別裁判所で言い渡される予定だったが、今回の事件を受け、延期(8月18日)が決まった。
【硝酸アンモニウムの特性】
●農業肥料の一種として使用される一般的な工業薬品。
●鉱業で使用する爆発物の主要成分。
●それ自体に爆発性はないが、特異な状況下に置かれることで爆発する。
●爆発すると、窒素酸化物やアンモニアガスなどの有毒ガスを放出する可能性がある。
●厳格なルールを守り、安全に保管しなければならない。
●保管場所は完全耐火性。爆発を引き起こす可能性のある火源、ガス管などは設置できない。