▽コンゴ東部ではルワンダ政府の支援を受けるM23が猛威を振るっている。
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アフリカ中央部・コンゴ民主共和国東部の国連平和維持ミッションの基地から武装解除したコンゴ軍の兵士約1300人とその家族が北キブ州から首都キンシャサに移送された。赤十字国際委員会(ICRC)が15日、明らかにした。
それによると、ICRCは北キブ州と南キブ州を支配する同国最大の反政府勢力M23(3月23日運動)の監視のもと、武装解除したコンゴ軍の兵士1359人とその家族を安全にキンシャサに送り届けたという。
北キブ州の州都ゴマには国連コンゴ民主共和国安定化ミッション(MONUSCO)の本部と南部アフリカ地域圏の基地があり、郊外の避難民キャンプでは数百万人がテント生活を送っている。
兵士たちは今年1月以来、MONUSCOの基地に身を寄せていた。
コンゴ東部ではルワンダ政府の支援を受けるM23が猛威を振るっている。コンゴ政府はこの紛争における今年の死者数が7000人を超えたと報告している。
M23が主導する「コンゴ川同盟」は1月末に東部の最大都市である北キブ州ゴマを占領。その後、東部第2の都市である南キブ州ブカブに進軍、制圧した。
欧米諸国は隣国ルワンダによるM23への軍事支援を非難。一部の国は援助を停止した。
ICRCは声明で、「4月30日から5月15日の間に1359人の武装解除した政府軍メンバーとその家族がキンシャサに戻った」と述べた。
それによると、ICRC職員が複数の輸送隊に同行。ヘリコプターと飛行機による輸送はMONUSCOと軍が主導したという。
政府、M23、近隣のアフリカ諸国はICRC監視のもと、兵士の帰還で合意した。
コンゴ川同盟は3月、支配下に置いた北キブ州の要衝ワリカレから部隊を撤退させると表明。国連はこの決定を歓迎し、撤退を機に停戦交渉を加速させるよう促した。
しかし、M23はその後、国軍とその支援民兵がワリカレに攻撃ドローンを送り込んできたと主張。撤退を取り消した。
ワリカレの人口約1万5000人。ゴマの北西約125キロに位置し、第4の都市キサンガニの400キロ圏内にある。
東部4州の主要道路がワリカレを通過する。国軍はこの町を失ったことで、東部4州の主要都市にアクセスしづらくなった。
双方は紆余曲折の末、互いに歩み寄る姿勢を見せ、M23はワリカレから部隊を撤退させたとみられる。
M23はルワンダとウガンダの支援を受けていたコンゴのツチ族武装集団の元戦闘員で構成され、2009年3月に締結された和平協定により、コンゴ軍に編入された。
しかし、M23の戦闘員はコンゴ軍に編入された後もルワンダ国境付近で活動を続け、13年の紛争に敗れるとルワンダやウガンダに逃亡。21年11月頃から活動を活発化させ、北キブ州の複数の集落を占領した。
コンゴ、米国、国連安保理はルワンダ政府がM23を支援していると指摘。ルワンダは長年、この主張を否定してきた。
1994年のルワンダ大虐殺に関与したとされるフツ族の住民数千人がコンゴ東部に逃げ込んで以来、両国の関係は緊張状態にある。
M23はコンゴに逃げ込んだフツ族の掃討を目指しているものとみられる。ルワンダはコンゴ政府が組織的に大虐殺の加害者であるフツ族を匿っていると主張している。
ルワンダ大虐殺の犠牲者は80万~100万人と推定されている。フツ族の過激派はツチ族だけでなく、フツ族の穏健派も殺害した。
国連はコンゴ国内で活動するルワンダ兵を最大4000人と推定している。
政府とM23による戦争は世界最大級の人道危機に発展。700万人以上が避難を余儀なくされている。
M23はブカブ近郊の空港も占拠した。
国際社会はこの紛争が1990年代から2000年代の第2次コンゴ戦争のような規模に発展することを恐れている。この戦争では500万~600万人が死亡したと推定されている。