コンテンプト・オブ・コート 1-35
アンカレッジ。
マイクの事務所。
四階の一室には、まだ事務所らしい設備が揃っていなかった。
壁際に置かれた古い机。
その上に電話とノートパソコンが一台。
窓の外には、夕方のアンカレッジの街が見えていた。
エイダンは窓際に立っていた。
その後ろには、アーロンを含む数人の部下がいる。
全員、マイクを見ていた。
マイクは机の前に立ったまま、エイダンを見た。
「エイダン」
「何だ?」
「貸金業者をやめろ」
エイダンの眉が動いた。
「いきなり何を言ってる?」
「その仕事をやめて、一緒に面白いことをしよう」
「面白いこと?」
「ああ」
エイダンは鼻で笑った。
「俺たちは金を貸して利息を取って食ってる。お前は弁護士事務所を始めた。何をするつもりだ?」
「まだ全部は言わない」
「じゃあ断る」
エイダンは即答した。
「食っていけない」
「金なら払う」
「お前が?」
「俺がだ」
エイダンはマイクの顔を見た。
「事務所を始めたばかりだろ。客もいない。金もない。それで俺たち全員を雇うのか?」
「そうだ」
「何の仕事をする?」
「弁護士業務だ」
「俺たちに?」
「お前たちには別の仕事もしてもらう」
アーロンが口を挟んだ。
「別の仕事って何だ?」
マイクはアーロンを見る。
「必要になったら説明する」
「ずいぶん曖昧だな」
「今はそれでいい」
エイダンが腕を組んだ。
「昨日まで俺を殴っていた男が、今日は仕事をくれると言う。普通なら信用しないぞ」
「昨日のことなら、お互い様だ」
「お前が先に殴った」
「そうだったな」
マイクは否定しなかった。
部屋に短い沈黙が落ちた。
マイクは窓の外に目を向けた。
アンカレッジの街。
道路を走る車。
遠くに見える山。
この街には、二十年前と変わらない場所が残っている。
同時に、変わった場所もある。
マイクは振り返った。
「この街には、俺たちが知らないことが山ほどある」
エイダンが黙って聞いている。
「俺は、それを調べる」
「探偵だからか?」
「それだけじゃない」
マイクは机の上に手を置いた。
「弁護士として、必要な人間を助ける。探偵として、必要な情報を集める。そのために人がいる」
「俺たちが必要だと?」
「そうだ」
マイクはエイダンを見た。
「お前たちは、この街を知っている。誰が金を持っているか。誰が金を借りているか。誰が裏で動いているか。普通の弁護士には見えないものが見える」
エイダンの表情が変わった。
「それを使うのか?」
「使う」
「何を探してる?」
マイクは答えなかった。
代わりに、部屋にいる全員を見回した。
「全員に報酬を払う」
アーロンが顔を上げる。
「俺たち全員?」
「全員だ」
「いくらだ?」
「仕事の内容を決めてから話す」
エイダンが笑った。
「やっぱり胡散臭いな」
「嫌なら断ればいい」
マイクはそう言って椅子に座った。
「だが、俺は本気だ」
エイダンはしばらく黙っていた。
「何がある?」
「これからだ」
「これから?」
「ああ」
マイクは窓の外を見た。
「すごいことが起きる」
誰も口を開かなかった。
「皆の人生が変わる」
エイダンはマイクを見た。
その言葉の意味を測ろうとするように、しばらく黙っていた。
「……金になるのか?」
「なる」
「危険か?」
「かもしれない」
「それなら話は早い」
エイダンは椅子を引いた。
「考えておく」
「好きにしろ」
エイダンは部下たちを連れて部屋を出ていった。
扉が閉まる。
マイクは一人になった。
机の引き出しを開ける。
中には何もなかった。
マイクは引き出しを閉めた。
二十年前。
母親のリサが殺された。
あの日から、止まっていたものがある。
今度は自分から動く。
マイクは窓の外を見た。
雨は降っていない。
それでも、二十年前の雨の音が頭の中に残っていた。
