Brexit?何の話ですか・・・

イギリスのボリス・ジョンソン首相は、「Brexit(ブレグジット)」のことを忘れていなかった。

イギリス政府は、EUとのブレグジット後の貿易交渉、通称「戦車の中のトラ作戦(Tiger in the Tank)」開始の準備が整ったと発表。コロナウイルスの影響により開始日は大きく遅れてしまったが、ジョンソン首相はヤル気に満ち満ちている。

戦車の中の虎作戦は6月29日に開幕し、以降会議は毎週開催される予定。首脳および交渉担当者は、ロンドン⇔ブリュッセルの議場をオンラインでつなぎ、相まみえる。

EU離脱に伴う移行(交渉)期限は、2020年12月31日23時59分59秒である。それまでに各種難題をクリアしたうえで、イギリスの”立ち位置”を確立させなければならない。なお、移行期限は最大2年まで延長可能である。

コロナウイルスが発生する以前、交渉頻度は1月に1回程度と言われてきた。しかし、今回ジョンソン首相は頻度の見直しを提案、欧州委員会(EC)のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長にテレビ会議でこの旨を伝え、承認を得た。

双方は年末での合意を目指すことに賛成し、残された期間で貿易協定等の難題をまとめると約束した。

ジョンソン首相は夏の終わりまでにEUとイギリスの貿易協定の大枠を決めたいと考えているようだ。2021年1月1日から新しい関係を構築するためには、数カ月におよぶ準備期間を要する。また、自国の立ち位置が決まれば、EUを除く世界とのディールは、それに従って進めるだけであろう。

戦車の中の虎作戦開幕にあたり、EU交渉担当者は「最善を尽くす」とコメントした。

双方は環境問題、EUにとって重要な国家支援ルール、漁業や各競争間の規制など、山のように積み重なった問題を解決しなければならない。

既に述べた通り、会議はオンライン形式を採用。ただし、コロナウイルスの感染状況によっては、対話の中止もあり得る。逆に状況が好転すれば、議場に集合し顔を合わせ話し合う可能性もあるという。

経済学者たちは交渉を戦争に例え、「どちらかが譲歩しなければ、決着は容易ではない」と考えている。つまり、双方が政治的に妥協する姿勢を示せば、交渉はあっという間に終わるのである。

当然のことながら、交渉議案の抽出、チェック、再チェック、再々チェック、再々々チェックは、はるか昔に終了している。あとは双方が内容を確認し、どこまで妥協できるかを決めるだけだ。

しかし、譲歩する意思がなければ、EUは「戦車に閉じ込められたトラ(イギリス)を開放せず」、話し合いは平行線をたどる。

双方は、政治的および経済的なコストを加味したうえで交渉に臨む。交渉担当者はお互い、「絶対に妥協するな」と首脳(委員会)から釘を刺されており、経済学者たちは「泥沼化必須」および延長はまず間違いないと予想している。

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戦車の中のトラ作戦

EUの指導者たちは、首席交渉担当官を務める保守系のミシェル・バルニエ氏(フランス)に絶大な信頼を寄せている。しかし、同氏は7月から始まる交渉を行うにあたり、「あらゆる情報を提供してほしい」と要求した。すなわち、「首脳間での密約、密談、取り交わし、政治的譲歩を勝手に進めてくれるな」と念を押したのである。

EUの沿岸8か国は用心に用心を重ね、「漁業権」の維持を達成すると心に決めている(恐らく)。英国の水域でこれまで通り漁業ができなくなれば、水産業は甚大なダメージを被ることが確実。最も避けねばならないシナリオのひとつである。

バルニエ氏はEU首脳陣の要求を達成すべく交渉に臨まねばならない。しかし、お互いが納得し、最善の利益を得られる妥協点など存在しない。戦車の中のトラ作戦が「お魚」を巡って崩壊する事態も十分あり得る、と専門家は予想している。

イギリスは、EU統一戦線を切り崩した。そのため、EUは英国の妥協を勝ち取らねばならない、という強烈な圧力を受けることになる。

戦車の中のトラ作戦で議長を務めるドイツの主張は単純明快である。また、アンゲラ・メルケル首相は、「いかなる価格、取引であろうと」イギリスとの交渉を行うことに反対する、と主張し続けてきた。

しかし、交渉を行わずに期限を迎えてしまえば、ドイツの企業は重大な問題とコストを抱える羽目になる。また、メルケル首相はフランスのマクロン大統領と話し合わねばならず、両国の足並みが揃わなければ、各国が主張のみをぶつけ合い、底なし沼にハマってしまう可能性もある。

フランスの狙いはひとつ。EUおよび自国の主張を全て通し、かつ、イノシシの如く脱退への道を猛進したイギリスに冷や水をぶっかけたいのである。EUの重要性を認識しているマクロン大統領の主張も理解できる。

2019年、EU首脳会談に先立って行われたメルケル首相とマクロン大統領の首脳会談は、合意に至らず物別れに終わった。

マクロン大統領は、「EUの権利を勝ち取ることが重要であり、妥協は一切考えていない」といった趣旨の発言をしている。

これに対しメルケル首相は、「フランスは自国の利益確保を優先し、EUが一丸となり交渉に臨むことを拒否した」と述べた。

フランスvsドイツのやり取りは、恐らく密室で秘密裏に行われる。イギリスに冷や水をぶっかけたいフランスは、妥協を許さない。これに対しドイツはEUで協調し、最善の答えを皆で模索したいと考えている。この高い壁を乗り越えた時、戦車の中のトラ作戦は次のフェーズに進む、と交渉担当者たちは考えているようだ。

この夏、欧州経済は正念場を迎える。EU加盟国の復興基金7,500億ユーロ(約90兆円)を巡る取り扱いもまとめねばならず、ブレグジットだけに集中している余裕はない。そして、最強の敵、コロナウイルスとの戦いは、今だ道半ばである。交渉中にパンデミック、第二波が発生すれば、戦車とトラはその波に飲み込まれ、海の藻屑と化すだろう。

EUの分割は祝うべきものではない。しかし、ブレグジットは実行された。ここまでくれば、EU加盟国と欧州委員会、そしてロンドンが将来の関係に満場一致で合意することが大切である。ゴールへの道は遠く、そして険しい。

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