誰もが自宅にオフィスシステムを持っているわけではない。しかし、在宅勤務の快適さを高めることは可能である

ヒューマン・ファクターズ・アンド・エルゴノミクス・ソサエティ」は人間工学と科学に精通する専門家組織である。同会長を務めるスーザン・ハルベック氏は「苦しい時、あなたは生産的になれない」と述べた。

人間工学とは、人が周囲の環境やシステムとどのような関係を構築しているか、また、それがどのように作用しているかを調査することである。

1日8時間、職場でイスに座りデスクトップと向かい合っている人間にどのような影響がもたらされるかを調査すると、様々な問題点が浮かび上がってくる。そして、それらを解決しないと、身体や精神に深刻なダメージを与える可能性が高い。

コロナウイルスの感染拡大により、世界中で数億人もの人々が突然、在宅勤務をせざるを得なくなった。それに伴い、たくさんの人々がソファやベッドの上でノートパソコンを開いたり、硬いダイニングのイスに長時間座ったり、腕や手首の高さにキーボートを設置せず作業することになった。

これは至って普通、仕方のないことである。なぜなら、自宅にオフィス専用のスペースを持っている方は極めて少ないからだ。企業のオフィスであれば、机のサイズ、イスの材質、空調など、従業員の体調を万全に保つべく、あらゆる手段が講じられている(はずだ)。

在宅勤務(自宅)の環境は、身体と精神にどのような影響をもたらすのか。そして、問題点があれば、どのように改善すればよいのか。

自宅をオフィスのように扱う

恐らく、初めて在宅勤務を指示された方は、1週間から2週間ほどであれば全く問題ないと考えたはず。会社のノートパソコンを持ち帰り、自宅で同じように仕事をすれば良いと思っただろう。しかし、これが1カ月、2カ月続くと、多くの方に問題が生じてくる。「肘・肩・腰が痛い」「業務内容は依然と同じなのになぜ?

理由は単純明快である。人間工学に基づく、人間に優しい(良い)仕事の環境が構築されていないためだ。正しい位置にキーボードやマウスを”設置したくてもできない”状態が長期間続けば、不調をきたすのは当然である。しかし、在宅勤務が1週間で終われば問題なかったのだ・・・

まずしなければならないことは「設備への投資」である。特に大切なのはイス、外付けキーボードの二つ。ただし、購入している時間がない、ロックダウンの影響で外出できない、Amazonも利用できない、といった方は、今手元にあるもので対応しなければならない。

キーボードやデスクトップの高さがおかしいのであれば、それの下に本を置くだけでも良い。椅子の影響で腰が痛ければ、クッションや毛布を利用しても良い。

生産性

キーボードとモニターは何が何でも分離させたい。すなわち、「ノートパソコンのキーボードは使うな」、ということである。これを遵守すれば、モニターを正しい視線高さに合わせることができる。ベストは目の高さ、少し下でも良い。

次に、「肘の角度が約90度」になる位置にキーボードを設置する。これにより、前腕の疲れを軽減し、さらに手首もサポートできる。

ポイントは、人間工学でいう「微小外傷(Microtraum」を避けること。これは、目に見えない、その瞬間には感じにくい関節や筋肉への緊張(負荷)の一種である。それが積もり積もると肩や腰が痛くなり、酷い場合は「骨格障害」「腱の負傷および炎症」「筋肉の緊張に伴う怪我」につながる。

正しい姿勢

Zoomミーティングをダイニングルームで行う事態は極力避けたい。しかし、既に述べた通り、誰もが皆、自分専用のオフィス環境も持っているわけではない。

ダイニングルームのテーブルおよびイスでも、オフィスと同じ環境を作ることができれば問題ないように思える。しかし、そこに長時間滞在し仕事を行うのであれば、少しでも良い環境を確保したい。「私のダイニング用チェアは高さを自在に調整できます」という方は少ないはずだ。

ダイニングテーブル以外、パソコンを設置する場所がない、という方は、椅子の高さを調整(クッションや毛布の使用)してほしい。さらに、硬いテーブルの角および面に厚手のタオルをあてるだけで、前腕および手首に与える負荷は小さくなる。

硬い木製のイスしかないという方は、腰の後ろに枕などのクッションを入れ、腰部をサポートしつつ、正しい姿勢を心掛けてほしい。「背中がイスにフィットし、肩をリラックスさせ、肘の角度は90度」が大切だ。在宅勤務で仕事をするのは私たちと家具である。

正しい姿勢と最低限の仕事環境は確保できた、という方。それだけで満足してはいけない。大半の方は、在宅勤務を行う際、これから使うであろうもの(エアコンのリモコン、電話、プリンタなど)を自分の身の回りにセッティングするのではないだろうか。

オフィスでは、プリンタまで歩く、上司に仕事の進捗を報告する、会議室に移動する、同僚と打ち合わせを行う、ランチを食べに行くなど、それなりに”歩く”機会があるはずだ。しかし、在宅勤務ではそれがない。

プリンタを自分の真横にセットし、仕事の報告、打ち合わせ、会議は全てモニターで行う。ランチも好きなタイミングに”その場で”すぐとれる。すなわち、歩く機会が劇的に減少するのだ。

人間工学でいう「非運動性熱産生(NEAT)」とは、睡眠、食事、スポーツなどのカテゴリに分類されないエネルギー消費行動である。オフィスを歩き回る、つま先をグリグリ動かすような動きがこれに該当する。誰もが、意識せずオフィスでNEATを行っているのだ。

これを行わずにいると、正しい姿勢と最低限の仕事環境を確保できていても、身体に異常をきたす。同じ姿勢で2時間パソコンとにらめっこすれば、首や肩が痛くなるはずだ。それを避けるためには、NEATを意識して行えば良い。30分に1回、3分だけ席を離れ、リビングでストレッチを行ってほしい。人と接触する恐れがなければ、庭に出て背伸びをする。それだけで身体の緊張がほぐれ、疲れを抑制できる。

また、”目”にも注意しなければならない。眼球は筋肉が動かしている。モニターを凝視すると、目の動き、すなわち筋肉の動きが少なくなり、凝り固まる。

目を疲れさせないためには、一度モニターから視線を外し、20秒ほど遠くの何か(木、看板、屋根、何でも良い)に視線を合わせると良い。これだけで目の疲れを防ぐことができる。

明るすぎる照明にも注意が必要だ。暗い部屋は論外だが、照度を高くし過ぎてもいけない。目の疲れを早めさせたり、頭痛の原因にもなりかねないので注意しよう。「目の上の光は少なく、目の下のモニター、キーボード、資料などは明るく」である。

身体の異常を察知する

ここまで説明した内容は万人に当てはまる、とは言い切れない。20代の方と50代の方では疲れの感じ方が全く異なる。基礎疾患持ちの方であれば、より身体を労わる追加対策も必要になるだろう。

身体の異常を素早く察知することが肝要である。しかし、それに気づくのが遅れ、体調を崩してしまえば、在宅勤務どころではない。日本では「テレワーク疲れ」「テレワーク鬱(うつ)」が深刻な社会問題になりつつある。

コロナウイルスの脅威がゼロになればよいが、現状を見る限り、それはかなり難しいように思える。在宅勤務がしばらく続くと覚悟し、できる限りの対策を講じてほしい。これまで通りのオフィス勤務に戻った時は、良かったと胸をなでおろす。それが叶わないとしても、準備を進めておけば、効率よく仕事が行えるだろう。

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