イナゴvs人間

東アフリカの人々は、何十年にも渡ってイナゴの侵略に苦しめられてきた。

衰弱したアボガドの木と実を見たエスター・ンダヴ氏は、長年続く昆虫との戦いにウンザリしていた。

ケニア中東部、マチャカニ村にある彼女の農場および他の住人の施設は、砂漠から飛来するイナゴに襲われた。

ンダヴ氏は、侵略者たちによってダメージを受けたアボガドの木やマンゴーの木をチェックし、頭を抱えた。

2019年12月頃から始まったイナゴの侵略により、ンダヴ氏のような農家は生活費を稼ぐために欠かすことのできない作物や植物を失い、深刻な環境問題や健康問題にも悩まされている。

ケニア国内におけるイナゴの発生量は過去70年間の中でも最悪、2020年末にはさらに悪化する可能性も指摘されている。

砂漠のイナゴ」は、世界で最も破壊的な害虫と呼ばれている。

イナゴたちは数の増加に伴い群れを成し、当然その規模は固体数に比例して大きくなる。また、1匹であれば「無害」、100倍に増えると「問題アリ」、1,000万倍に膨れ上がれば「致命傷」といった具合に、群れが大きくなるほど、人間に与える影響も比例して大きくなる

イナゴ1匹は3か月で20倍に増殖する、と考えられている。

ケニアでは、1平方キロメートルあたり8,000万匹の密度に達することも珍しくないという。さらに、イナゴ1匹が1日で食べる植物は約2g。8,000万匹の大軍は、人間35,000人が1日で食する量と同等の植物を消費する。

コロナウイルスイヤーとなった2020年。ケニア、エチオピア、ウガンダ、ソマリア、エリトリア、インド、パキスタン、イラン、イエメン、オマーン、サウジアラビアなど、数十か国でイナゴの大量発生が確認されている。

人々はイナゴたちを恐れ、植物を食い荒らす虫を「ペスト(黒死病)」と呼ぶようになった。

ンダヴ氏が家畜の飼料として大切に育ててきた植物たちも、イナゴに食い荒らされた。家畜はエサがなければ生きていけない。彼女はイナゴを恐れて近隣の村に家畜たちを避難させた。

避難させた家畜にかかるエサ代は1日100ケニアシリング(約97円)。現在、6頭の牛たちが作り出したミルクや糞肥料で何とかエサ代を捻出しているという。

ンダヴ氏たち農家は、生き残るために家畜と食物を育てる。それを失うことは死を意味するのだ。

孤児として育ったンダヴ氏は、数えきれないほどの困難に直面しながらも生き延びてきた。しかし、今、ケニアの農家を悩ませている問題は、「個人の努力では到底解決できない」と彼女は言う。

2020年2月、ケニアの地元メディアは、北部地域で2,400平方キロメートルに及ぶ巨大なイナゴの群れを発見。ケニア史上最大の規模になると報じた。

イナゴの群れは、マチャカニ村の子供たちにも大きな影響を与えた。侵略戦が始まると、子供たちは両親の農場でイナゴたちと戦わねばならず、1週間以上学校に通うことができなかった。

大人たちはイナゴを追い払うべく、武器を振り回し、タイヤや草木に火を放った。その様子を見ていた子供たちは、奇声を上げてイナゴを威嚇するようになり、村は煙と叫び声に包まれた

ンダヴ氏はBBCの取材に対し、「イナゴの侵略を受けていた期間、私はほとんど眠ることができなかった。子供たちは一晩中奇声を上げ続け、大人たちも大騒ぎしていた。私は彼らに大丈夫か?と確認すると、イナゴが攻めてくると思い、心配で居ても立ってもいられない、と泣いていた」と述べた。

マチャカニ村に隣接する村の教師を務めるペニナ・ングリ氏は、イナゴの侵略は女性に深刻な影響を与えると語った。「この地域では、古くから男性が家畜の世話を行い、女性が作物栽培の責任を持つ。私の知る女性たちは、数週間にも及ぶ緊張状態の影響で体調を崩してしまった。また、大声を出し過ぎて喉を痛めた者もいる」

ケニア国内では、イナゴの影響で約500万人が食糧不足に苦しめられており、ある専門家は、2月に北部地域で発見された巨大な群れが植物を襲えば、その規模は2,500万人に膨れ上がると警告している。

東アフリカ、イナゴとコロナウイルスとの戦い

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戦争

2020年2月中旬、ケニア政府はイナゴの侵略を許した北部地域に介入、対策を強化すると発表した。

政府は専門の対応チームを設置。農薬の空中散布などをメインに活動し、イナゴの侵略が国民の生活にどう影響を与えているかまでチェックするという。

4月、ケニアはアフリカ開発銀行(AfDB)から150万ドル(約1億6,000万円)、5月には世界銀行が5,600万ドル(約60億円)の支援を受けた。

アクションエイド・ケニアで6年間働き、社会保護保全の専門家として活動するモーゼス・ムリ氏はBBCの取材に対し、「援助資金で農家のテクノロジーを改善させ、イナゴの襲撃に備えなければならない」と述べた。

しかし、イナゴの駆除に役立つ最新の化学殺虫剤(手散布可、航空機でも散布できる)は、コロナウイルスの影響でサプライチェーンが破壊され入手困難になった。

その代わりに流通したスプレータイプの駆除剤は、人間や環境に有害であり、代替え案としては不適切と考えられている。

別のオプションもある。イナゴを殺す菌(Metarhizium acridum)を配布すれば、食物や作物、人間への害を確実に防ぐことができる。しかし、一部の研究者は、シロアリなどの他の生物に影響を及ぼすと警告している。また、科学殺虫剤に比べるとイナゴを殺すまでに時間がかかり過ぎるため、作物への被害を抑えることは難しいという意見もある。

マチャカニ村で農家として生計を立てるムニティヤ・キムウェレ氏は、被害が起きる前に投資し、イナゴの群れに備えることが重要だと述べ、「昔から村に伝わるイナゴの侵略時期を予測する方法は、私たちの生活を助けてきた。政府は被害が拡大してから行動するのではなく、イナゴたちが襲来する前に措置を講じてほしい」と付け加えた。

化学殺虫剤などに頼らず対策を講じつつある農家も出始めている。ある地域では、トウモロコシやササゲなどの伝統的な作物にこだわらず、イナゴに強い特定の果物や野菜栽培を始め、一定の成果を上げているという。

2009年、アクションエイド・ケニアは、一部の農家と共同で新規プロジェクトを立ち上げ、様々な作物の栽培に挑戦している。

エンツィオ川沿いの農家では、キャベツ、トマト、ケール、トウガラシの栽培を実施。川の近くに簡易井戸を設置し、作物に欠かすことのできない水も得ることができた。

国連持続可能な開発目標(SDGs)のコーディネーターを務めるエズラキブルト・イエゴ氏は、東アフリカなどで発生するイナゴの大量発生が今後どうなるかは予測できないという。

イエゴ氏はBBCの取材に対し、「イナゴが来年もしくは再来年までに消え去る、と思う人はいない。不安定な天候の影響で雨が長引き、彼らのエサになる植物が大量発生すれば、同じことが繰り返される」と述べた。

イナゴを制圧するためには、政治的な課題もクリアしなければならない。国連機関は、アルシャバブ過激派などが活動するソマリアの危険エリアに人員を派遣できない。

ケニア国内で対策が進みイナゴを封じ込めると、その地での生活を諦めた一団は国境を越え、他国に移動する。ソマリアが侵略を受ければ、ただでさえ酷い状況に置かれている国民たちは、より深刻な飢えとも戦わねばならなくなる。

イナゴは侵略した地域に卵を産みつける。それを駆除せずにいると、来年も同じタイミングで侵略を受ける可能性が高い。

人間の生活に欠かすことのできない作物や食物を食い荒らすイナゴ。戦争は続く。

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