ノヴィチョク(Novichok)

ドイツ政府はロシアのプーチン大統領と敵対する野党指導者、アレクセイ・ナワルニー氏が神経毒「ノヴィチョク(Novichok)」で毒殺(未遂)されたと発表した。

ノヴィチョクは、ソビエト連邦秘密プログラムの一環として開発された神経ガス兵器であり、連邦崩壊後も継続使用されている。

2018年、イギリス、ソールズベリーで元ロシアの二重エージェント、セルゲイ・シュクリバル氏を毒殺(未遂)する際に使用された兵器がノヴィチョクだった。この一件により、ソビエトの神経毒は一般に知られることとなった。

9月2日、ドイツ政府はナワルニー氏にノヴィチョクが投与されたことを突き止めた。これにより、ロシアの治安機関の犯行である可能性が高まった

ロシア政府は、ノヴィチョクの開発に関与した科学者へのインタビューが行われているにも関わず、その存在を否定し続けている。

ロシアや外国のジャーナリストによる科学者たちへのインタビューは1990年代に実施されており、特にヴィル・ミルザヤノフ氏の証言が大きな証拠になった。

ノヴィチョクはロシア語で「新しい男の子」を意味する。開発当初、この神経ガスが「バイナリー兵器(二種混合型化学兵器の一種)」として知られる新しいタイプの兵器だったため、そう名付けられたという。

パイナリー兵器は「VXガス」や「サリン」などの一般的な神経ガスとは異なり、アクティブ化するために2つの物質を組み合わせる。

2つの物質を小分け輸送すれば、神経毒であることに気づく者は少ない。全く異なる場所から物質をそれぞれ輸送し、標的の近くで生成、投与(散布)すればよいのである。

ミルザヤノフ氏によると、ノヴィチョクは「フォリアント」と呼ばれるプログラムによって開発されたという。

1990年代、彼はロシアの化学兵器プログラムの秘密を保護する立場にあったが、フォリアントがアメリカと共に署名した「化学兵器禁止条約(CWC))」に違反すると考え、情報を公開したのである。

結果、ミルザヤノフ氏は1992年にロシアの国家機密を外部に漏らした罪で逮捕、レフォルトヴォ刑務所に収監された。なお、流出した情報に組み合わせる物質や製造方法の詳細が含まれていなかったため、後日釈放されている。

ノヴィチョクの開発に関与した科学者たちは、それを「非常に危険な兵鯉」と述べており、少量でも深刻かつ長期的な健康問題を引き起こし、解毒剤で処理しなければ死に至ると警告している。

2018年にガーディアンが報道したソビエト新聞”ノボイ・ブレミヤ”のインタビュー記事には、「ノヴィチョクは1987年に実験室で偶発的に誕生した」と書かれている。なお、インタビューに答えたのは、開発プログラムに関わった科学者のひとり、アンドレイ・ジェレスニャコフ氏である。

ジェレスニャコフ氏はインタビューの中で、「換気システムが正しく動作せず、実験室内に少量のノヴィチョクが放出された」と述べている。

結果、ジェレスニャコフ氏はそれを吸引。解毒剤が投与されたものの、1年の間に肝硬変、中毒性肝炎、神経損傷およびてんかんを発症、死亡した。

ノヴィチョクは比較的入手しやすい肥料として知られる”有機リン酸”をベースとする。

2つの物質の結合により発生する神経ガスは、他の一般的なガス兵器と同じ方法で対象者を攻撃。神経系に大きなダメージを与えることで身体は制御機能を失い、心臓は停止、呼吸器系がシャットダウンされ、死に至る。

CBRNe Worldの化学兵器スペシャリストであるグウィン・ウィンフィールド氏はABCの取材に対し、「ノヴィチョクは、広く知られるVXガスやサリンなどの神経作用物質と同じように機能する。一度吸い込んでしまえば、体内で異常な酸素不足が発生し、心臓発作、肺機能停止に陥る。解毒剤を投与しなければ、二度と呼吸できないだろう」と語った。

メルケル首相の会見

野党指導者、アレクセイ・ナワルニー氏

1995年、米スティムソン・センターはノヴィチョクに関する学術論文を発表。「ミルザヤノフ氏は、それの致死性をVXガスの5倍~8倍と述べた」と報告した。

ドイツ政府はナワルニー氏を毒殺するために使用されたノヴィチョクについて、「元ロシアの二重エージェント、セルゲイ・シュクリバル氏に使われたものとは多少異なる可能性がある」と述べた。

これに対し一部の専門家は、なぜナワルニー氏の周囲にいた関係者が神経ガスに毒されなかったのか、と疑問に思っている。イギリス、ソールズベリーのシュクリバル氏毒殺未遂事件の際には、対応した警察官、物質の容器を発見した夫婦、そしてシュクリバル氏の娘が入院。うち、夫婦のひとり、ドーン・スタージェス氏が死亡している。

シュクリバル氏毒殺未遂事件を調査したスコットランドヤードによると、ノヴィチョクはロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)の2人のエージェントが香水瓶に入れた状態で持ち込み、シュクリバル氏の自宅ドアハンドルに塗布されたと報告した。

シュクリバル氏と彼の娘は、皮膚を通してノヴィチョクを吸引したものと思われる。

ノヴィチョク吸引後、シュクリバル氏は数週間病院で過ごし、現在はイギリス政府の保護下に置かれている

ベルリンのシャリテ病院によると、ナワルニー氏はほぼ3週間、昏睡状態が続いており、集中治療室の人工呼吸器につながれた状態だという。なお、同氏は家族の要請を受け、ロシアから退避していた。

化学兵器の専門家たちは、世界のほんの一握りの研究所だけがノヴィチョクを生成できると主張。今回、ナワルニー氏への投与が判明したため、「ロシアの関与は決定的」と言っても過言ではないと述べた。

ドイツのメルケル首相は記者団に対し、以下のように述べた。

メルケル首相:
「ロシアは事件における自分たちの立場および、ノヴィチョクが使用されたことを説明しなければならない」

「ロシアの対応に応じて、ドイツ、NATOおよびEUの同盟国は”適切な対応”で応える

「ノヴィチョクについて答えることができるのはロシア政府だけである。彼らは答えなければならない」

NATO同盟国は9月4日に特別会議を招集し、ナワルニー氏毒殺未遂事件について協議する予定である。

化学兵器禁止機構(OPCW)はノヴィチョクが使用されたことについて、「純然たる違法行為」とコメントした。

一方、各国および関係機関の主張に対しクレムリンは、「ナワルニー氏の状態に関するドイツのデータが手元にないため、言いがかりを受け付けることはできない」と述べている。

プーチン大統領のスポークスマンを務めるドミトリー・ペスコフ大統領補佐官は記者団に対し、「ロシアを非難する根拠がない。ドイツと他のEU諸国は判断を急ぐべきではない」と語った。

さらに、ロシア外務省のマリア・ザハロバ氏は、ドイツ政府に完全な情報公開を求めたうえで、「証拠のない言いがかりは致命的な結果を招く」と警告した。

昏睡状態のナワルニー氏を支えるスタッフたちは、「プーチン大統領の命令で毒物が使用された」と主張し、クレムリンはこれを却下をしている。

ドイツ政府の発表を受け、EUは声明を発表。ロシアに「透明性のある調査」を要求し、「責任者は裁判にかけられなければならない」と述べた。

米国国家安全保障理事会(NSC)はノヴィチョク使用の証拠が出たことについて、「ロシアを非難できる」とコメントした。

米国国家安全保障理事会(NSC):
「我々は同盟国及び国際社会と協力してクレムリンに説明責任を果たさせる。そして、彼らの悪質な活動を支える資金を制限する」

ロシアは証拠がないと反論

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