50億ドルのトランプ投資マネーは雲散霧消した

9日、アメリカ航空大手のユナイテッド航空は、コロナウイルスによる航空需要の激減が回復しなければ、従業員36,000人に別れを告げることになる、と警告した。

この解雇プログラムが実行されると、アメリカに拠点を置く事務所および関連施設従業員のほぼ半分が職を失うことになる。

同社のスポークスマンは記者団に対し、「この解雇計画が誰に適用されるかはまだ分からない。ただし、航空業界を取り巻く環境が劇的に変化しない限り、人件費のカットは避けられないだろう。最終的な解雇人数は当社を取り巻く環境や、自主退職を申し入れる従業員の数などによって変化する」とコメントした。

ユナイテッド航空が全従業員に向けて発信した声明(抜粋)は以下の通り。
「今回のコロナショック後における私たちの目標は、顧客が再び空の旅を求めた時に、当社が変わらずこの業界を牽引していることである」

解雇プログラムの発表を受け、客室乗務員連合(AFA)および全米通信労組(CWA)は声明を発表。「ユナイテッド航空の予測した数値にはしっかりとした根拠が記されており、残念ながら、航空業界の現状が正しくかつ正直に評価されていた」と述べた。

今回のコロナショックを受け、トランプ政権は航空業界をサポートするために500億ドル(約5.3兆円)もの予算を提供している。なお、サポートを受けるためには、9月30日まで客室乗務員などのスタッフを解雇したり、給与を削減しないことが条件だった。

ユナイテッド航空はトランプ投資マネーから50億ドル(約5,300億円)を受け取り、10月1日”までは”従業員を解雇しないことに同意している。

解雇の危機に直面した従業員36,000人は、安定した職を失い、失業保険と付き合うことになる、かもしれない。同社は経営環境等の条件によって解雇人数は変動すると述べており、万一、経営状況がより悪化するような事態になれば、解雇人数増加もあり得ると示唆した。

10月1日以降に訪れるであろう解雇プログラム実行に向け、労働組合との協議が加速するものと思われる。

航空および航空宇宙産業情報をオンラインで発信するフライト・グローバルのパイラー・ウルフステラー氏はBBCの取材に対し、「ユナイテッド航空の決断は、今後の航空業界を占う重要な指標になる。アメリカの航空業界を牽引してきた企業の決断は、他の競合他社に大きな影響を与えるだろう」と述べた。

またウルフテイラー氏は、世界の航空各社が発表している人件費削減計画を「必然」と表現し、「今後、アメリカの航空会社がどう動くかに注目したい。業界関係者は、世界の航空産業がコロナショック以前の3分の1程度まで縮小すると考えている。ユナイテッド航空は始まりに過ぎない」と付け加えた。

先週、業界最大手のアメリカン航空は、最前線で働く従業員約20,000人が余剰になるかもしれない、と述べた。なお、同社もトランプ投資マネーを注入されているため、10月1日まで従業員が職を失うことはない。

世界の航空各社は、ユナイテッド航空と似たような経営状況に直面している。航空業界全体で数十万人規模の雇用が失われる可能性も指摘されており、トランプ大統領が全力で支援した理由にも納得がいくはずだ。

コロナウイルスと空の旅はコインの裏表である。コロナが消えれば、空の旅は完全復活する。しかし、コロナが勝てば、空の旅は駆逐されるだろう。数十万人規模の雇用を守るためには、ウイルスの収束に向けた努力と感染予防対策の徹底が重要である。

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さよなら空の旅

空の旅の需要減は、特殊な事象や公共政策などによってもたらされてきた。2001年9月11日に発生した同時多発テロにより、アメリカだけでなく世界の航空各社が大ダメージを受けたことは記憶に新しいはず。

しかし、イラク戦争やテロ組織への反撃、アメリカ軍の圧倒的勝利(?)などを受け、需要はジワジワと回復。9.11から18年経った2019年には、当時の混乱の面影はほとんど残っておらず、世界中の空港が大混雑し、人々は飛行機に乗り込み、空の旅を満喫していた。

公共政策問題、ビザの発行停止や諸事情に伴う国境の封鎖も航空会社の収益に影響を与えたが、ダメージは限定的である。少なくとも、2020年3月まで、世界の航空各社に致命的なダメージを与える公共政策上のトラブルは発生していなかった。

2019年、航空業界関係者は、米中間の貿易戦争、中国の景気減退による利用者減、イギリスのEU離脱、原油価格の高騰などが影響し、厳しい1年になると予想していた。しかし、「空の旅バブル」はこれらの不安要素をしっかり清算した。国際航空運送協会(IATA)によると、世界の航空各社の2019年収益を259億ドル(約2.8兆円)に達したことが分かった。

・・・2020年の収益は、間違いなく史上最大の落ち込み幅を記録するだろう。

コロナショック後の世界、空の旅に求められるものは「安全」である(機体を安全に飛ばし、搭乗客を無事目的地に送り届けることではない。それは100年以上前から守られきた航空会社の不変的な使命である)。すなわち、航空各社はコロナウイルスから搭乗客を守らねばならないのだ。

イギリス政府は7月10日から50か国以上の国々に対し、入国時の検疫(14日間の自己隔離)を免除すると発表。航空および観光産業は大いに盛り上がった。ボリス・ジョンソン首相は、「コロナウイルスをコントロールできていないアメリカやブラジルなどは対象外である。だたし、コントロールできているアジアの国々に関しても、相手が安全を考慮し国境封鎖を継続していれば、我々もそれに従う」とコメントした。

航空各社はジョンソン首相のプランに賛同する。旅行を予定している人々も同様である。しかし、航空機に搭乗してもらう前の検温、体調の報告、渡航履歴などをしっかりチェックし、かつ、社会的距離を確保したうえで航空機に搭乗してもらう必要があることを忘れてはいけない。

航空会社は政府のガイドラインに従って完璧かつ慎重に航空機を運行する。人々を乗せた後の責任は、航空会社が全て負わなければいけないためだ。重大インシデントを起こさず、搭乗客を安全にゴールへ送り届けた時、航空会社は収益を得るのである。

しかし、時代は変わった。2020年からは、コロナウイルス感染予防対策が安全飛行の後ろに”ぶら下がる”のである。

既に述べた通り、航空各社は搭乗前の検温、体調の報告、渡航履歴などを完璧にクリアしたうえで、搭乗客を機内に招き入れる。しかし、「無症状の感染者」を発見するにはPCR検査が欠かせない。残念ながら、検温などでこれを見分けることはできず、万一、無症状の感染者を機内に招き入れてしまえば、目も当てられない。

顧客はコロナウイルスへの感染を恐れており、航空各社も自社の航空機内でクラスターが発生しないか不安でたまらない。しかし、両者の不安を”完璧”に解消する方法は限られている。なお、仮に無症状の感染者が搭乗したとしても、マスクやフェイスシールド、社会的距離のルール、手洗いおよびアルコール消毒を徹底していれば、感染は予防できるかもしれない。

【両者の不安を完璧に解消する方法】
搭乗前に必ずPCR検査を受ける
②コロナウイルスのワクチンを開発、摂取する。
③空の旅を我慢する。

最も確実かつ安全なプランは③だが、これを採用すれば、航空会社は従業員に別れを告げなければならない。②は無視してよい。恐らく①が正解だと、私は思う。

しかし、PCR検査の結果が出るまでの時間(1h~5h、バラつきあり)や、空港にPCR検査所を設置できる否かの検討が別途必要である。すなわち、両者の不安を完璧に解消することは難しいのだ

ユナイテッド航空の発表した解雇プログラムが実現するか否かは、各国政府の手に委ねられている。ロックダウンや感染予防対策をバランスよく取り入れ、ニュージーランドのようにコロナウイルスを打ち負かせば、未来は開ける(かもしれない)。しかし、アメリカやブラジルのような事態が続いてしまえば、世界の航空各社はユナイテッド航空に続き、次々と大規模な解雇プログラムを発出するだろう。

【各国の感染状況/7月9日時点】

累計感染者累計死亡者新規感染者
(7月8日)
アメリカ317万人13.5万人62,425人
ブラジル176万人69,254人44,571人
インド79.4万人21,604人22,752人
ペルー31.6万人11,314人3,633人
日本20,371人977人193人
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